船の上
レネッタ視点です
しばらく交互になります
ようやく身体を起こせるようになったころ、サグアノが部屋にやってきた。
従者だというゼイドは手に盆を持っている。
「あ、なんだ、普通に動けるようになったのか」
起き上がっている私を見て、サグアノはつまらなさそうに言った。
「ずっとあのままとか嫌です」
「それもそうだね。こっちも困るし」
そう言ってサグアノはまたベッドの脇に腰掛けて私の方を見る。心なしか、さっきより距離が近い。
身体を起こせるようになったとはいえ、まだ手とかは痺れた感じがして動かしにくい。字とかは書けないだろう。
イグルドに使われた薬とはやはり違ったらしい。
まあ襲撃の時に利き腕である右腕を怪我してて元々少し動かしにくいというのもあるかもしれない。
それにしても、なんか私ってよく誘拐される気がする。年末に実家に帰った時のは自ら攫われたフリをしたけど、闘技会の時はイグルドになぜか攫われた。
そして今、これは本当にまずい方の誘拐だ。本格的な、イグルドみたいに遊びでやったのとは違うやつ。
「食べ物を持ってきた。食べながらでいいから話をしようか」
サグアノはゼイドから盆を受け取り、いつの間にか用意されていた台の上にそれを置く。
蓋付きの木製の器と、その横に丸い果物が乗っていた。
ゼイドから金属製のスプーンを手渡され、なんとかそれを握る。
それを確認したサグアノが木製の器の蓋を取ると、立ち登る湯気とともになんとも言えない香辛料の香りが辺りに広がった。辛そうだが食欲をそそる匂いだ。
どんな食べ物だろうと器の中を覗き込むと、薄い黄土色をしたドロドロとした何かが入っていた。
「……粥ですか?米の」
「アリュと違ってダルネミアの主食は米だからな。米は苦手だったか?」
「いえ、むしろ好きですね」
初めて米を食べたときはその淡白な味に調理前の何かだと勘違いしたが、他のおかずと一緒に食べたりするうちに好きになった。
アリュではパンが主食で小麦の生産がほとんどのため、海を渡ってやってくる米は少々お高い。だからダルネミアや他の南の国への出張の唯一の楽しみは食事だった。
好き嫌いの問題ではない。それに空腹ではいざとなった時に困るから食べる。
心配なのは何か入っているかいないかだ。
まあこの状況で何かしたところで無駄なのはお互い分かってるけどさ。とりあえず精霊をちらりと見てみるが、よくわからないのか困ったように首を振っている。
とりあえず持たされたスプーンで粥を掬った。
まだ熱いのか湯気がたっている。
「別に何も入っていないぞ。香辛料が慣れてないとキツいかもしれないが、心配なら……」
そこで言葉を止め、サグアノは私の手からスプーンを奪った。
「あっ!ちょ……」
止める間もなく、サグアノは粥を口に含む。
そして何事もなかったかのようにスプーンを私に返してきた。
別に嫌とか、そういうのはない。家でも精霊院にいた時も普通にやってたし。なんかこう、意図的にやられてる感じが……
「申し訳ありません。新しいものを持ってきます」
ゼイドがそう申し出てくれたが、それもなぜか癪なので丁重にお断りする。潔癖とか言われそう。
ていうか、この人も喋れるんだ。ずっと黙ってるからてっきりサヴァ語が話せないんだと思ってた。
軽くサグアノを睨んで、私はスプーンで粥を再び掬う。
けっこう熱そうだなこれ。よくすぐ食べれたなあの人。
口に近付けてみるが、唇に軽く触れた辺りで熱くて離した。私は猫舌なので余計に。普段は精霊に冷ましてもらってるんだよな。いい感じの温度に彼らが勝手にしてくれるから自分でも猫舌と忘れるくらいに。
冷まそうとふーふーと息を吹きかけていると、するりとスプーンが器の中に落ちてしまった。
床じゃなくてよかったなと、スプーンをもう一度手に取って冷まそうとした。
だがなぜかそれは横から伸びてきた手に奪われる。
「何がしたいんですか」
実はこれお前のじゃなくて俺のなんだとか言いたいんだろうか。それなら勝手にやってろ。私は寝る。
「熱いのダメなのか?」
そう言ってサグアノはしばらくスプーンの上の粥に息を吹きかけ、それを私の口元に持ってきた。
「……これはどういうことですか?」
「どういうことって、見ての通りだ。床にこぼされても困るし、時間がかかるだろ」
言っていることはまともだが、顔は完全に面白そうに笑っている。
もうちょっと頑張って持てばよかったと後悔したが、もう遅い。かといってこのままこれを口にすべきなのか。
「食欲が失せました。それ食べて下さって結構です」
もういいや。これ食べなくても死にはしないし、もう少ししたら手は普通に動くようになるだろう。
こいつはいったい何なんだと思いながら書いてました




