殿下とお食事4
しばらく歩いて店の近くまで来た。
私が案内しようとしているバーはちょっと道の奥にある店だ。だいぶ地味で薄汚れた感じのお店。
その場をしのぎたくて紹介したけど、今になってそんなお店に殿下を連れ込んでいいのか不安になった。あのお店お世辞にも綺麗とは言いがたいんだよね。
『主人、もし嫌なら酔ったように見せかけて気絶させるぐらいいたしますのに』
『あの者の精霊なら我らが押さえておきますゆえ』
相変わらず物騒なことを……
止めるように言っていたところに、部下達が買い物袋を持ってやって来た。
渡された袋にはどこにでもあるような普通のマントが入っていて、殿下には丁寧にも変装用のだて眼鏡も渡された。
「ありがとうございます」
私が礼を言ってマントを羽織ると、部下の一人が私にひっそり耳打ちした。
「これはお忍びですから、くれぐれも漏れないようにお願いします」
わかってます。私も普通の一般人としてここには行ってますから。
「私とは普通の友人のように接せよ、ため口で構わん」
最近は丁寧口調が地のようになってきてるんですけど。口を滑らせそうで怖いわ。
「……名前はどうしますか?」
「ん、適当でいい、それに合わせるから」
適当って、すごく困るんですが。下手な名前にはできない。
「……クラテなどは?」
殿下の名前の最初と最後を組み合わせただけだ。適当すぎたかな。
殿下がそれでいいと私おっしゃいので私はうなずいて殿下を店まで案内した。
古ぼけたアパートの一階にある小さな飲み屋には二人客がいるだけで、相変わらず繁盛はしていない。
「いらっしゃい。一緒にいるのは誰だい?」
店の主人のマスターである老人が殿下の方を見て尋ねた。
「友人のクラテです」
「へぇ……じゃあこっちの席にどうぞ」
そう言ってマスターは店の隅の席を指差した。
「今日はどうします?」
マスターは私達におしぼりを差し出しながら言った。
「いつもので」
「こいつと同じものをたのむ」
その時、不意に後ろから声をかけられた。
「レゲルじゃねーか、一緒にいるのは誰だ?」
「アル、来てたのか」
後ろに立っていたのは元同僚のアルだった。
私に害のない者だから精霊は教えてくれなかったのだろう。
「なんだよ、気付かなかったのか?」
「誰だ?」
殿下が口を挟んできた。
「私の精霊院時代の友人のアル。で、この……こいつはクラテ」
私はため口で殿下をアルに紹介した。うっかり敬語になりそうだった。習慣って怖い。殿下相手にこいつって。
「ふうん、お前が誰かに店紹介するなんて珍しいな」
「飲み足りないらしくて」
コトリという音と共に私達の前に薄青いお酒が置かれた。一緒につまみの魚の燻製の小皿も置いてある。
アルがぼそりと私に尋ねてきた。
「なあ、この人お偉いさんか?お前の友人ってお偉いさんもいるだろ」
本当のことは言えない。ただの友人って設定だったけど他は決めてなかった。
「お偉いさん相手にため口でしゃべったりはしない」
殿下には少し申し訳ないがお偉いさんではないことにしてもらった。そっちの方がやりやすそうだし。
「だよな」
アルはうなずいて手に持っていた酒を飲んだ。




