過去8
「遅いよ!」
ホテルの部屋に戻ってくると、長いこと待たされていたらしいティグルスが言った。
「すみません。話が長引いたので……」
相手が貴族だということもありいろいろとややこしいので、説明することは多かった。
「でもこれで終わりなんだよね。こういう格好をできるのはいいけど、これ可愛くない」
そう言ってティグルスは被っていたカツラを取り、それを持ってきていた箱の中に仕舞う。
金髪の中から、カーレル様と同じ色の茶髪が出てきた。
「そんなにじろじろ見るな。恥ずかしい」
だって、かれこれ数日同じ光景を見てきたけど、こんな見事に変わるものなんだなと感心してるから。
私なんてほぼこれが素だし、カツラ被ったところでティグルスに負ける気がする。
「どうやって全部自分でやれるようになったんですか?」
「何回もやったから。少しでもおかしいと気になる」
化粧を落としながらティグルスは言う。
少し顔色が悪く見えるようにしてもらっていたので、化粧を落とし終えると子供らしい肌が出てくる。
顔を洗ってさっぱりしたティグルスは、私の横のソファーに腰かけて大きく伸びをした。
「あの時は本当に怖かった。襲われるかもとは言われてたけど、まさかいきなりで、驚いた以外はなかったからいいけど。寿命が縮んだらどうするの。それにストレスは肌に悪い」
確かに無事だったからよかったとはいえ、今思えば危ない作戦だったなぁ……
「ん……?その傷どうしたの!?」
傷?ああ、オスルと戦ったときに頬をかすった傷か。きれいに洗って消毒したし、そんなに深くないから目立ってないと思ったんだけど。
ティグルスは信じられないものを見るような目で私を見てくる。
そんなにまずい場所にできたっけ?それとも他に怪我したっけな……?
「ここ以外に傷ができてるんですか?」
「そんなわけないだろ!っていうか、そんなとこに傷を作っていいわけがないだろ!?」
なんで私はこんなにティグルスに怒られているんだろうか。口調も大いに荒れてるし。多少の怪我は覚悟の上だったんだけど。
「ちょっと前から思ってた。黙ってたけど、レゲルって男じゃないんだろ?」
「へ……?」
今、何て言った?
「なんか事情があるんだと思って聞かなかったけど、レゲルって女なんだろ?自分の肌くらい大事にしろよ」
「どうしてそんなことを?」
「ここ何日か一緒にいて、何か変だと思った。最初は気のせいかと思ったけど、やっぱりそうなんだよな?」
まあ、否定しないけど。否定したら脱いでみろとか言われそう。
にしてもなんで気付いたんだろう。一緒の部屋とはいえ、それなりに気を付けてたんだけど。
「どこか変でしたか?」
「私は普段から女性はよく見てきた。動きとかいろいろ。だから変だと思った」
「動き?」
これでも何年かずっと男装してきて自信あったのに。
「たぶん私だから気付けた。普通はわからない。私以外は知らないこと?」
「ええ、まあ……」
オスルのことが一瞬頭をよぎった。いずれ彼は周囲の人間に言うのだろう。
だが、おそらくそれは今じゃない。
ここで言っても、私の事情もあり、世間の受け止め方はそこまでひどくはならない。
この事件が忘れられかけたころ、このことを暴露するつもりだろう。
「もし知られたらどうするつもり?レゲルは有名人なんだからすぐ広まるよ」
「何かしらの罰は覚悟しています」
「覚悟って、でもレゲルくらいの精霊使いなら女としてもできたのにどうして……」
「女として仕事をすることが怖かった。それだけです」
まさかこんな出世が早いなんて思ってなかった。
無理だと思ったらやめようと思って仕事をしていたら、補佐官になって、戻れないところに来てしまった。
「カーレル様には責任が及ばないようにします。ですから、今は言わないでいただけませんか?」
「言わないよ。言わないけど、レゲルはそれでいいの?っていうか、レゲルって呼んでるけど、これ本名じゃないんだよね」
「いいんです。今さら普通の生活に戻れる気がしませんから」
世間一般からすれば普通ではない生活も、私にとっては当たり前のことなんだから。
「私の名前はレネッタです。名前は普通でしょう?」
「レネッタか、そうだね、普通だ」
そう言ってようやくティグルスの強張っていた表情がやわらいだ。
世間はハロウィンですね(*´ω`*)
とりっくおあとりーとって言ったらお菓子もらえるかな……(笑)




