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過去3

「お姉さん、そんなところで何してるの?」

川をぼんやりと眺めている女の人を見つけて、私は何の気なしに話しかける。

「川を見てるの」

その人は川を見つめたまま振り向くことなく答えた。

「どうして?」

「綺麗な川だなと思って」

そう言ってその人は私の方を振り向いて少し疲れたように微笑んだ。

「でも、私には綺麗すぎて眩しいの」

「そうかなぁ?」

私はその人と同じように川を見る。

川の水は少し泥が混り茶色く濁っていて、綺麗と言えるのは水面が傾きかけている陽を反射してキラキラと輝いているくらいだろうか。

「……君はもっと綺麗な光を持ってるよ。この川よりも」

「どういうこと?」

「いつかわかるよ」

そう言うとその人は私の頭をポンポンと軽く撫でて、どこかに行ってしまった。

次の日も、同じ場所にその人はいた。

少しだけ話をして、またどこかへ行ってしまう。

そうして、私はその人と喋ることが日課のようになっていた。

特に面白い話をするわけでもなく、私が一方的に話すことがほとんどだったけど。

その日も、いつものようにとりとめのないお喋りをして、お姉さんと別れた。

でもなぜだろう。その時私はそのお姉さんのことが妙に気になった。

自分のことばかりお姉さんに喋って、お姉さんのことを全く知らないということに気づいたからかもしれない。

こっそりお姉さんの後をつけて、お姉さんの様子をうかがいました。

どこに住んでいるんだろう。家族はどんな人たちだろう。旦那さんはいるんだろうか。

とにかく、いろいろなことを知らなかった。

しばらく歩くと、お姉さんは不意に立ち止まって、じっとそこでたたずんで何かを待っているみたいだった。

前を通り過ぎた男の人に何かを話しかけて無視され、また話しかけて……

何度も何度も、お姉さんは同じことを繰り返していた。

そうしているうちに辺りが暗くなって、お姉さんの姿が見えなくなってしまい、私はそこで家に戻った。

次の日、同じ場所にやっぱりお姉さんはいて、いつもと変わらない様子だった。

「お姉さんはどうして男の人とお話しようとしてたの?」

どうしても気になって、私はお姉さんに尋ねた。

すると、お姉さんは顔を強張らせて言う。

「どうしてそんなことを聞くの?」

「だって昨日……」

私はそれ以上言えなかった。

お姉さんの顔がみるみる青白くなっていって、どこかに走っていってしまったから。

今思えば、あのお姉さんはきっと娼婦で、私みたいな小さい女の子に言いたくなくて、知られたくなかったんだろう。

追いかけていくうちに見失ってしまい、あちこち歩き回って諦めかけた時だった。

路地の向こう側にお姉さんがいるのを見つけた。

あの事は聞いちゃダメなことだったんだよね、ごめんなさい、って謝ろうと思った。

それなのに、謝ろうと思ったのに、もう少しってところで、お姉さんは急にたくさん血を流して倒れた。

夕暮れに染まった景色に、妙にその赤い色は鮮やかに私の目に飛び込んでくる。

「逃げなさい!」

倒れ込んだお姉さんは私がいるのに気付いて叫んだ。

目の前で起こっていることが信じられず、動けずにいた私はお姉さんの言葉ではっと我に返った。

それでも、動けない。

影からぬっと現れた男の人にも、気付いていなかった。

突然腕を掴まれ、男の人と目を無理やり合わせられる。

「娼婦は殺す。死ねばいい」

ぶつぶつ呟くような口調で、男は私によくわからなかったけれど侮蔑を言い続け、私はこの人が頭がおかしいんだとわかったけど、なにもできないでいた。

突然、男の顔に石がぶつけられ、男の手の力が緩んだ。

「逃げて!」

そこでようやく私の足は動いた。

必死になってそこから逃げて、大急ぎで家に戻った。

怖くて怖くて、その日はずっと毛布にくるまっていたのを覚えている。


数日たって、私はお姉さんと喋っていた川のところに行った。

真っ暗になるまで待ったけど、お姉さんは来なかった。

もう会えない。もう喋れない。この時になって、私は初めて悲しくなって泣いた。

私のせいで、私があんなこと聞いたせいで、お姉さんは死んでしまったんだと、自分のしたことが許せなかった。

あの時泣いて以来、私は泣いていない。

あの時泣いたのは、結局自分がかわいいからだった。泣いて、自分を許そうとした。

涙をそんなことに使おうとした私は、何があっても、泣くことができない。泣いてはいけない。

悲しいと、あの冷えきった目と、剣と、赤色を断片的に思い出して怖くなる。

これは、あの時の私に対する罰だろうか。




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