観光8
観光を終えて、またあのお店にやって来た。
お店のおじさんと奥さんは真っ先に走り寄ってきたルラを見て顔をほころばせる。
「ほんとに来てくれたんだね、ありがとう」
「また厨房に入ってもいい?」
「ああ、もちろんだ」
まるで孫とその祖父母のように打ち解けたやり取りをしている。
ちょっと寂しいななんて思うけど、ルラが楽しそうにしているので私も自然と嬉しくなった。
料理が運ばれてくるのを待っていると、お店の扉が開いてぞろぞろと人が入ってきた。
若い女の人や中年の男、老人など、年齢も性別もバラバラで十数人はいそうな集団だ。
そのうちの一人、中年の男が厨房にいたおじさんに声をかける。
「親父さん、今日は何にも言ってなかったけど空いてるかい?」
「ん?ああ、いらっしゃい。席は空いてるよ」
おじさんそう言うと、それならと数十人の人たちは近い席に座っていく。
その集団の中から一人の女性が抜けてこちらにやって来た。
「その格好、観光の人だよね。ちょっとやかましくなるけど構わない?」
「構いませんよ。夜は居酒屋だと聞いてますから」
「ならいいんですけど。ウチらは……」
「あれ!?親父さん娘さんがいたんですか!?それともお孫さん!?」
女性の声は中年の男の声に掻き消される。厨房に見たことのない女の子がいて驚いたのか、立ち上がって厨房を凝視していた。
「違いますよ。この子はそこのお客さんの妹さん、手伝ってもらってるんです」
「そうなのか、びっくりしたよ。親父さんのとこに娘さんがいるなんて聞いたことなかったからな」
そう言って中年の男はこっちを向いた。
「すみません、ウチの団長は早とちりなので……」
申し訳なさそうに女性は謝った。離れた席で立っていた男もそれが聞こえたのか軽く頭を下げた。
「そんな……お気になさらず。それより団長ってことは、何か皆さんでやっているんですか?」
「はい。この辺りで劇団をやっているんです。トーレ劇団、知りませんか?」
へぇ、劇団の人たちか。だからいろんな人がいるのか。でもトーレ劇団は初めて聞いた。今日はあちこち回ったけど劇場とかは行ってないし。
「はい。この区は初めて来たので、あまり……」
「なら明日見に来て……って言いたいとこだけど、明日は休演の予定だしね。まあそれで打ち上げで飲みに来たんだけど」
女性は楽しそうに笑った。そして私の前の席に座って女性をじっと見ていたルナと目を合わせてにっこり笑う。
「可愛らしい妹さんですね。名前は?」
突然話しかけられて驚きながらも、ルナはすぐに笑顔になって自己紹介をした。
「私はルナで、お姉ちゃんはレネッタっていうの」
「へえ、ルナちゃんに、レネッタさん……でいいかな?私はハンナ。厨房にいる女の子は何ていうの?」
「ルラだよ。私の双子の妹なの」
ルナがそう言うと、ハンナさんはとても驚いた様子でまじまじとルナの顔を見る。そしてそのまま厨房に真っ直ぐ向かっていった。
「親父さん、ちょっとこの子と話をしてもいいかしら」
ハンナさんは状況が飲み込めずにいるルラをルナの隣に連れてきて、二人の顔をじっと見比べている。
「あの、妹が何か?」
私の声が聞こえていないのか、ハンナさんはまだ二人の顔を見比べながら何か考えているようだった。
「ハンナ、どうした?」
いつの間にかハンナさんの横に団長だという男がやって来ていた。
そんなに見られるのに慣れていないルナとルラは、訳がわからないと言わんばかりに私の方を見る。
「あの……」
私の二度目の呼びかけでやっと我に返ったらしいハンナさんは慌てて言った。
「あっ!すみません、ちょっと夢中になっちゃって」
そう言ってもう一度ルナとルラを見る。
「二人とも、演劇に興味はない?あなたたちを見てたら脚本が浮かんだのよ!絶対ぴったりよ!」
呆然としている二人の手を握りながら、ハンナさんは二人に演劇の魅力を語る。
どこで口をはさんでいいのか全くわからない。どうするべきなのか。
「ウチにも双子はいたんだけどね、去年の夏に二人とも辞めちゃったのよ。あなたたちみたいな双子をずっと探してたのよ!ねえ、団長?」
「確かに双子の役者は探していたが……この子たちは観光でここにいるんじゃないのか?」
団長さんが落ち着くように言うと、二人の手を握っていたことに気付いたハンナさんはパッとその手を放す。
「ごめんなさい、突然変なこと言っちゃって!興味があったらでいいんだよ。本当にごめんね!」
「ハンナは劇団の脚本も担当しててな。まあ、役者を探してるのは本当だから、興味があったら来てほしい」
そう言って団長さんは懐をごそごそと探って三枚のチケットを取り出し渡される。
私は団長さんから受け取ったチケットを見た。
明後日の公演のもののようだ。
「あの、せっかくなんですが、私たち今日の夜の馬車で帰るんです」
これが明日のものならルナとルラはギリギリ見れるかもしれないが、私は明日から仕事があるからどちらにせよ絶対に行けない。せっかくのチケットだけど、お返しした方がいいだろう。
「えっ?そうなの?お仕事とか?」
「はい。本当に申し訳ないのですが……」
「それなら仕方ないか。こんな若いのに仕事をしているんだ、邪魔をしてはいかんだろう」
私はルナとルラの方を見る。私は休めないし、二人がどうしたいかだよね。二人だけでどこかのホテルに泊まれないわけじゃないし、休みが貰えるなら二人で行けばいいけど。
「私は行きたい。でも……」
ルナがそう言ってルラを見る。お互いの仕事のこともあるだろうけど、ルラが、演劇に興味があるのかはわからない。
一人だけで行くのは嫌なのだろう。ルナはルラに頼む。
「ねえ、せっかくだから行こうよ。お仕事は戻ってからしっかりやればいいもん」
さっきのハンナさんの話も、ルナは驚きながらも興味津々で聞いていた。きっととても気になるんだろう。
私たちの会話が聞こえていたのか、劇団の人たちがこっちをちらちら見ている。
心配になって私はルラを見た。うつむいて恥ずかしそうにしている。
「ルナのバカッ!」
そう言ってパッと立ち上がってお店を出ていってしまった。
店の中は沈黙が広がって、ルナは呆然としている。
とりあえずルラを追いかけないと。ここは初めて来た土地だし、絶対に迷子になってしまう。もしものことがあったら大変だし。
私は机に代金を置いてルラを追いかけた。




