竜の雛7
話がまとまったのか、ホーリッツとユアリスはなぜだか硬い握手をしていた。
「交渉成立だな」
「今回は騙すのは無しですよ」
叔父に騙されたことをまだ根に持っていたのか、嫌味たっぷりに言う。
「いつからということなのですが、早ければ今日にでも預けることができますが」
ホーリッツは握手を解いて私に向き直った。
今日にでも、か。
レルチェは不思議そうに私の方を見て、子首をかしげる。今日でお別れするのは寂しい、でも……
「今日から、お願いします。考えが変わってしまう気がするので」
今日は戻って、しばらく一緒にいたら離れたくないと思ってしまう気がした。レルチェのためにはならない。それで後悔することだけはしたくない。
「そうですか。では、ユアリスに任せるということでよろしいですか?」
「はい。お願いします」
私はホーリッツとユアリスに礼をして、レルチェを見た。
「レルチェ、これからのレルチェの家はここ。ユアリスの言うことを聞いて、迷惑をかけないようにね」
私の言ったことが理解できない、と言うように不思議そうにレルチェは子首をかしげるだけだ。
「時間ができたら会いに行く。いい子にしているんだよ」
それ以上は言うことが出来なくて、私はお礼もそこそこに、ホーリッツの研究室を出た。
閉めた扉の向こうから、私を呼び止めるレルチェの鳴き声が聞こえた気がした。
陽が沈んでいくのを眺めながら宿舎に戻って、部屋を光精霊に頼んで明るくしてもらう。
いつものように机の上に目をやると、そこには何も乗っていない、ただの木の机があるだけだった。
ここにはもう、レルチェはいないんだ。
その事実がどうしようもなく悲しい。どこかにぽっかりと穴が開いたように、そこには足りない何かがあるのに、どうにもできない自分が嫌だった。
レルチェのために正しいことをした、それでも悲しいのに、寂しいのに、どうして涙が出ないんだろう。
働くために兄弟達の所を離れるときも、悲しかったけど、涙は全く流れなかった。
泣いたのはいつ以来だろう。昔の記憶を辿ってみても、泣いた自分を探すことはできない。
喪ってしまったわけではない。あの時みたいに……
ん……?あの時って、いつのことだろう。
私はろくに着替えもせずベッドに倒れ込んで、そのまま眠ってしまった。




