竜の雛5
動きが安定してきたのを感じてゆっくり目を開けると、目の前に今まで目にしたこともない光景が広がっていた。
どこまでも続く山と森、所々に街が見える。反対側は遥か遠くに青い海がうっすらと見える。
真下は……思わずびくってなった。高い、高すぎる。竜舎っぽい建物がおもちゃみたいに見えて、人なんて全く見えない。王都って上から見てみると結構ちっちゃいんだな。いろいろと新しい発見ができそう。怖いけど。
「どうですか?王都も小さく見えますよね」
のほほんとユアリスはいう。風も寒さも遮断してるから普通に会話も出来るんだけど、見えてる景色が怖いんだよ。正常な思考回路が戻ってくるのにしばらくかかった。
「普段はもっと上空を飛ぶのでもっと小さく見えるんです。もしよろしければもっと上がりますが」
「遠慮しておきます」
いきなりこれ以上の高さはちょっと……慣れれば平気になるだろうけど、まだ慣れていないんで。
その時、不意に鞄がごそごそ動き、レルチェがひょっこり顔を出す。あっ、半分開けっ放しだった。
初めての景色に大興奮したレルチェは鞄から出たそうにもぞもぞしている。駄目だって、こんなところから飛ばれたら見失いそう。レルチェはまだ小さいし。
「レルチェちゃんですか?」
「外に出たいみたいで……」
駄目だとレルチェに言い聞かせ、顔だけ出させておく。それでもあちこちを見回して嬉しそうに時々キュウと鳴いていた。
嬉しそうにしているのは嬉しいので、私は景色そっちのけでレルチェを眺める。可愛いな、やっぱりウチの子が一番……
「高いところの景色が気に入ったんですかねぇ。俺も好きなんですよ、ここから見る景色」
確かに、悪くはない。落ち着くことはないけど、見ているのは楽しい。
「いったん降りましょう。ちょっと衝撃が来るので身構えておいてください」
しょ、衝撃?……あっ、そうか。降りるとき、多少はドンってなるよね。
地上に向けて一気に急降下。風は感じないはずなのに、なんとなく身体がゾワゾワする。
『主人に何かあればこの男もドラゴンも焦がす』
『氷付けに……』
止めなさい!そんな物騒なことをするのはっ!
「……どっちも遠慮したいです」
若干怯えた顔でユアリスは言う。彼の火精霊が言葉を伝えたのか。
「させませんよ」
それよりドラゴンの動きに集中してください。もう地面がすぐそこに……
ドンッという衝撃がお尻から伝わってきた。少し痛いけど、まあ特になにもないし大丈夫、たぶん。
「止め金を外してください。俺が先に降りますから、レゲル様もそのあとゆっくり降りてください」
私が止め金を外すと、ユアリスはピョンとドラゴンの背から飛び降りた。この高さからよくやるよ。私にはちょっとできそうにない。
そろそろっとドラゴンの背から降りようとした。ゆっくり足を下ろす。
「あっ……」
手が、滑った。登ろうとしたときもそうだったけど、もうちょっと手の力を鍛えた方がいいのかな。
落ちる、と思った瞬間、風が私を支えてくれた。精霊かな、ありがとう。
地面が受け止めてくれると思っていたが、落ちてきた私を支えたのは地面ではなかった。
人間の二本の腕、日々鍛えられているのか少しごつごつとした腕……に支えられた。
この格好は……いわゆるお姫様抱っこというやつか。ユアリスの心配そうな顔が、近いっ!
顔が赤くな……る前に、氷精霊に強制的に冷やしてもらう。でも、それとこれは、若干違う。
私は慌ててユアリスの腕から飛び降りて、明後日の方向を向く。
「あの……大丈夫ですか?」
よくも主人を、とか言ってる精霊を宥めつつ、赤らんだ顔をどうにかする。さすがにあれは緊張する。たぶん私が元々男でも同じ反応をした、と思う。思い出すと恥ずかしいので、頭から追い払ってユアリスの方を向いた。
「すみません、驚いてしまって……」
端から見れば、男同士のお姫様抱っこ、私にそういう趣味はない。
「風精霊が受け止めていたんですね」
「はい、ですか受け止めていただいたおかげで服が汚れずにすみました。ありがとうございます」
まあ芝生だし、汚れると言っても払えば落ちるんだけどね。
「じゃあ俺はこいつを竜屋に戻してきます。レゲル様は先に叔父さ……ホーリッツさんの研究室にお戻りになってください」
そう言い残し、ユアリスは再びドラゴンに跨がって竜屋の方へ飛んでいった。
のーこめんと




