宰相様のお土産2
「この紙に書いてあります」
そう言ってカーレル様は私に紙をくれた。
『食べ物:一肌程度に温めたヤギか牛のミルクを哺乳瓶に入れて与える
崩れるくらいに煮た柔らかい野菜と肉(1食:ドラゴンの体重の約3分の1、野菜と肉の比1;2)
1日朝夕2度』
こんな感じでドラゴンの育成方法が書いてある。
「……案外単純なんですね、ドラゴンの飼育」
「まあ赤ちゃんの時期を乗り越えればほとんど心配することはないようだね……でも今の時期が病気1つでころっと逝っちゃうから気を付けるんだよ」
「そんなこと書いてませんよ!」
私は思わず紙をもう一度読んだ。
「……あれ?レゲル君はドラゴンのことあんまり知らなかった?」
「私は竜騎士じゃないんですから知りませんよ。育て方なんてもっと。竜舎に行くことはあっても軍や式典の打ち合わせくらいしかしてきませんでしたから」
「いい経験になるよ。頑張ってね」
そう言ってカーレル様は積み上げられた書類に向かってしまった。微妙なところで話を打ち切られた。信じられない、丸投げですか!
私はカーレル様を睨みつつ、服に掴まったままのドラゴンを見ると、くりっとした真っ黒な目と目が合った。
そのまましばらく見つめ合っていると、ドラゴンは少し首を傾げて不思議そうな目で私を見てきた。
可愛い。凄い可愛い。守ってあげたいくらい可愛い。これが母性なのかな……
自分の中に意外な母性を発見していると、おもむろにカーレル様が立ち上がって、私の机の上の書類の山を1つ持ってってくれた。
「君は昼食はまだ摂っていないだろう、どこかで食べてきなさい。ついでに竜舎でもう少し詳しくドラゴンについて調べておくといいですよ」
そしてドラゴンのご飯代だと言って私に何枚か金貨を渡してくれた。肉と野菜とミルク代にしては高すぎるくらいの金額だ。
「これは私がやっておくから」
思わずいいんですかと言いかけたが、こうなっているのはよく考えたらカーレル様のせいだ。
「そうだ、そのドラゴンまだ名前をつけていないから、名前考えてあげなよ」
「……じゃあア……」
「青色だからアオなんて安直な名前はかわいそうだからやめてあげなよ」
「分かりやすくていいじゃないですか」
「……君は時々分かりやすいですね」
カーレル様はしみじみと言った。
「真面目に考えてきますよ。かっこいいのを!」
「……このドラゴン雌だよ」
「先に言ってください」
言うのがいろいろ遅いんだよカーレル様は。
私は肩まで上がってきていたドラゴンをつまんでポケットに入れた。
宮殿を出て、王都を歩いた。足が痛いから今日はあんまり出歩くつもりなかったのに。
紙によると食事は朝夕2度だから、今はあげなくていいだろう。
私はまず自分の食事を済まして、それから竜舎に向かった。
歩いていると歩く人の視線が刺さる刺さる。
うっかり制服で出てきてしまった。でも出てってから気付いて足も痛いからもう一回戻って着替えるのも面倒だ。
もぞもぞとポケットが動いた。ご飯食べてるときにちらっと確認したら丸まって寝てたから、今起きたところなのだろう。
ポケットは火精霊にドラゴンにとって最適な温度に調節してもらっている。暖かいのがよいようで、ポケットだけ風呂に入ったようにぽかぽかしている。
竜舎は王都を少し離れたところにある。ドラゴンが暴れだしたらいろんな意味で危ないから。
馬車を使いたいが、人通りの多い王都で馬車が走るのは国の役人の出張や貴族が出掛ける時くらいで、通行人の規制などその他いろんな問題もあって一般人が乗れる馬車は朝4回、夜2回王都をぐるっと回る通勤通学専用馬車しかない。真っ昼間に乗れる馬車はないのだ。
やっと王都を出たと思っても、竜舎まではだいぶ歩く。竜舎のそばには建物はほとんど無い。ドラゴンのエサとなる野菜や食肉用の獣が育てられているだけだ。
竜舎までの道は私以外誰も歩いていない。後ろを振り向くとたくさん精霊はいるのだが……王都は人だらけだったから気にしなかったけれど、今は誰も他に人がいないので気になる。
追い返そうと精霊達の方を見た。これ以上はまだいいです。精霊には困ってません。
大半は空気に溶けるように消えたが、何体かの精霊がまだ残っている。
私はため息をついて竜舎に向かって歩いた。無視し続ければ自然と消えてるだろう
ようやく竜舎に到着した。レンガ造りの建物には何十頭ものドラゴンが飼育されていて、式典や要人警護の時に竜騎士や竜乗りが連れていく。
ここのドラゴンはだいたいの訓練を終えたドラゴンばかりで、すぐ乗れるようになっているらしい。
竜舎の敷地の門には見張りの竜騎士が立っている。竜騎士志願者はここでドラゴンの基本的な知識や扱い方を勉強するが、承認試験が物凄く難しいらしく脱落者も多い。だが騎士の花形だけあって人気は高い。
そう言えばアポとってなかった。まあ飼育に詳しい人に話を聞けばいいだろう。
「あれ?レゲル様、今日いらっしゃるとは知りませんでした」
見張りの竜騎士は不思議そうにこちらを見た。
「少し用事が……ドラゴンの飼育に詳しい方はみえますか?」
「えーと……竜騎士長様は今日は非番でいらっしゃらないんです」
竜騎士は申し訳なさそうに言った。
「竜騎士長殿でなくてもいいです。どなたかドラゴンについて詳しい方は……」
「ホーリッツさんでしょうか。ドラゴンの研究員です」
「すみませんが、そのホーリッツさんに会わせていただけますか?」
「はい、ご案内します」
私は騎士に連れられて竜舎の研究塔に到着した。
いつもは打ち合わせのために来るだけなのでここに来るのは初めてだ。
竜舎のすぐ横にある3階建ての塔のような施設だ。
中に入り、案内されたのは2階の部屋。第2研究室と書かれた木製のプレートが掛かっている。
騎士がその扉をノックすると、返事があったので部屋に入った。
ドラゴンに詳しい人と言ったので、老人がいるかと思ったら普通の若い男だった。
「その方は?」
「レゲル補佐官です」
騎士の言葉に男はうなずいた。
「ああ、あなたがレゲル様ですか。噂は聞いています。こちらにはどのようなご用件で?」
「ドラゴンについて聞きたいことがありまして……」
私達が話を始めた。
「じゃあ俺は戻りますね」
「ご苦労様です」
そう言って騎士は出ていった。
彼が出ていくと、ホーリッツは私に椅子を勧めてきた。
私が座ると彼も向かい側の椅子に腰を下ろした。
「聞きたいこととは何でしょうか?」
「ドラゴンの飼育ついて何ですが」
私はそう言いながらポケットからドラゴンを取り出した。
私がポケットからドラゴンを取り出したのを見て、一瞬ホーリッツの顔が固まった。
「ドクル種の雛ですか……」
「宰相様がもらってきて私に押し付けていったんです」
「……王宮は変わったところですね」
ホーリッツの顔は引きつっている、当然だ。
「こういう訳で、ドラゴンの飼育についていろいろ知りたいのです」
「確かに私はドラゴン繁殖の研究も行っているから飼育方も知っていますよ。しかしドラゴンの雛は死にやすいですからね、昨日は元気だったのに朝方見たら死んでいたということはよくあります。このドクル種は……今は元気そうですね」
ドラゴンは尻尾を振って元気そうだ。手を近付けると手に一生懸命乗ろうとしてくる。
「一応この紙をもらったんですけど」
私はホーリッツにカーレル様からもらった紙を見せた。
「ええ、まあここに書いてある通りですね」
「けっこう簡単そうに書いてあるんですが、これだけでいいんですか?」
「一般の飼育でこの通りに育てて数匹に1匹が生き残ります。今のところこれが一番オーソドックスな育て方ですよ」
何時ごろエサ、分量これだけ、ドラゴンのお家について、適温などが書かれているだけだ。簡単過ぎて不安になる。
「ドラゴンの雛期の飼育はほとんど運ですから……なのでこのような雛よりある程度育ったドラゴンの方が高値で取引されます」
「まあ……頂き物ですからね」
雛なら一匹くらい失っても大した損失にはならないから渡してくれたのだろう。死ぬ確率の方が高いのだから。
「ですがドラゴンは無事育てば賢く、素晴らしい生き物です。主に従い、正確に命令を理解する」
「どれくらいの大きさになりますかね?」
ホーリッツはドラゴンをじっくり見た。
「大きく育てたいなら人が2人乗れるくらいになりますね。小さく育てるのであれば大型犬くらいに抑えることも可能です」
「そんなに小型になるんですか?」
「雛期以降の成長期にどれだけエサを与えるかですね。ですが小型化はおすすめ出来ません。弱くなりますから。大きい方がいいですよ」
「育てる場所の問題もあるんです」
「刷り込みは済んでいるようですし……あなたから離すのは無理そうですね」
ホーリッツは考え込んでしまった。
まあこの大きさのままならポケットに入れておけばいいけど。
「雛期の終わる半年後にはどれくらいの大きさになるんですか?」
大型犬以上になることはないだろうけど、大きくなるなら考えなければならない。
「小型犬程度です」
私は思わずドラゴンを見た。小型犬サイズならだいぶ小さい。
「その頃にはまだ個体差はありませんから間違いないです」
それならいけるかもしれない。




