歓喜と絶望
少し長めの話数です。
あたしは魔族の馬車……というか、魔獣車に乗せられて移動した。見たこともない牛と馬の中間のような獣が荷台を引いている。
村に戻る途中に拾われたのは、あたしの他に5人だった。誰も喋らなかったが、明らかに安堵した顔をしている。
王都に入ると焦げ臭い匂いがした。国民も騎士も大半が戦意がないと言っていたが、やはり多少のいざこざは起こったのだろうか?
ラターナ村の高い木の壁が見えた。煙は見えないから、村の中が燃えたわけじゃなさそうだ。
村の門は開いており、ほとんどの人が入り口付近に固まっているようだった。
あたしは魔獣車から下ろされると、ロイドさんの家に行こうか悩んだ。それとも田岸さんの家?いや、家にいるかも分からないけど……。
見知った顔がないかキョロキョロしていると、
「ヒカリ!」
声がした。誰か見ようと顔を向けた途端、
「良かった………!」
抱きしめられた。
「えっ……あの…………」
田岸さんだった。
それに竹原さんもいる。名前は知らないが、配給所や井戸の周りでお喋りした人々の顔も見えた。
「――良かった……無事だったんですね……」
強く抱きしめられて痛かったが、今は安堵と安心感で胸が一杯だった。
「はい……なんとか………」
ようやく力を緩めてくれると、
「一体どうやって帰って来たんですか?」
泣き笑いの顔で尋ねられた。
「魔族の……たぶん魔王だと思います。その人が助けてくれました」
「魔王?」
「陛下って呼ばれてたので、たぶん……。今はランゼ……?って人の所に行ってるはずです」
「――ランゼ。アザルス王国国王の名前ですね……」
みんな、これにはざわついた。
「本当に魔王が助けてくれたのか……?」
「やっとこの国から出られるの?」
あたしはさらに詳細な情報を提供した。
「もう王都は陥落寸前って、魔王の側近?らしきエルフが言ってました」
これには全員が色めき立った。
「ラターナ村の門が開いてるし、本当なんじゃ……」
「王城の周りにも魔族の旗が掲げられてるって、さっき聞いたわよ」
「なら、本当に終わったのか……?」
そわそわの波はだんだんと高揚に変わり、やがて圧政からの解放に騒然となった。
「自由になれる!」
「やっと……やっとこの国から出られる……!」
みんなそれぞれに泣いたり喜んだり大声を上げて、歓喜を叫んだ。
そうしていると、連れ出されたラターナ村の人が徐々に帰ってきはじめた。さらに高揚感が高まり、逆パニックのようにお祭り騒ぎとなった。
配給品のすべてを食べ尽くそう!と声を上げる者や井戸の水を頭から被っている人もいる。
でもあたしは郷田さんのことが気にかかり喜べなかった。
あのあと、彼の体はどうなったのだろうか?辱めを受けていないといいのだけれど……。
田岸さんに尋ねると、
「あのあとすぐに魔族の人が来てくれて、回復魔法をかけてくれたんです。今はこの村の回復の力がある人の家で、治療を受けていますよ。きっと助かります」
「本当に……?!」
「ええ」
良かった…………。
早く塩見さんにこの朗報を伝えたかったが、「もうすでに向かわれましたよ」と言われた。
あたしよりも早くここへ帰ってきたらしい。
「連れ出された人達が帰ってきたので、もしかしたらヒカリも……と思って門の前で待ってたんです」
「そうだったんですね……」
「ヒカリ、怪我は?痛む所はありますか?」
尋ねるられ、やっと痛みを実感した。あちこちに痣ができている気がしたが、それ以上の傷があるか確かめたかった。
「大きな怪我はないと思いますけど……。確認したいです」
「郷田さんがいる家に行きましょう。痣や打ち身くらいなら治してくれるはずですから」
あたしは田岸さんに案内されて、その家に向かった。
回復の力を持つのはデイシーさんという女性で、キューバ人らしい。3区にあったその家の中で、あたしは塩見さんと再会できた。
郷田さんは隣の部屋で寝ているらしく会えなかったが、一命は取り留めたと教えてもらった。
「良かったです……。もうダメかと思ったので……」
最後の郷田さんの姿が瞼の裏に張り付いていたので、思わず涙が出た。
塩見さんは泣き笑いの顔で「ありがとう……」とあたしを抱きしめてくれる。
「あたしも諦めてたけど……なんとか持ち堪えそう。やっと戦争も終わるし、これからは自由になりましょう……」
「はい……」
互いの体を抱きしめると、
「さぁ、井瀬さんも傷を診てもらって」
解放してくれた。
それから診察を受け、大した傷がないことが分かった。馬車から落とされた時にできた打撲、擦り傷を治してもらうと、随分体が楽になる。
外に出ると、村の中はお祭りになっていた。
どこから持ってきたのか、大きな布に『終戦』『自由』などと書かれている。みんな飲み物、食べ物を持ってドンちゃん騒ぎだ。
飲み食いして騒いでいると、魔族側から正式に王都が堕ちたとお触れがあった。
この時、一段と歓声が上がった。敗戦が決定したとは思えない空気だ。
続いてラターナ村の住人の処遇についても発表があり、全員が一度魔族の国へ移される事になった。各々の力の再鑑定と移住先を決定する為の移動で、決して強制移住ではないとの事だった。
これには動揺もあったが、アザルス王国よりはマシだろうと誰もが言い、反対の声はなかった。
お祭り騒ぎは真夜中まで続いた。異世界に来て初めての明るくうるさい夜だった。
あたしは心身ともに疲労が強く、途中で家に引き返すことにした。当然のように田岸さんは家まで送ってくれる。
喧騒が去った夜道を歩いていると、睡魔が襲ってきた。眠い目をしばしばさせて歩く。
「とにかく、怪我も治って良かったです」
「……はい」
「ヒカリが連れて行かれた時は、妹を失ったような気分でした……」
「そんな……大げさですよ。それに、そんな事を言ったら血のつながった妹さんにも悪いです……」
田岸さんは寂しそうに笑うと、
「妹とは随分と前に死に別れたので……」
ぼそっと教えてくれた。
「勝手に面影を重ねて申し訳ありません。でも、ヒカリが連れ去られた時、どうしても妹の最後の姿を思い出してしまって……。絶対に連れて行かせたくない、と思ってしまいました……」
その気持が痛いくらいに分かった。
もし立場が逆で、田岸さんが連れて行かれたら止めようとしたと思う。
「……心配かけてすいませんでした」
「いえ。こうして無事に帰ってきてくれたので、良かったです」
家に到着すると、田岸さんはドアを開けてくれた。
「今日は色々とあり過ぎて疲れたでしょう?ゆっくり休んで下さいね。明日、また色々と話をしましょう」
「はい」
「おやすみなさい」
田岸さんの笑顔を、ドアが閉まり切るまで見つめた。その笑顔はどうしても鬼籍の兄と被った。
閉じたドアを見つめ、あたしは田岸さんと重なった兄の面影を消すように頭を振る。
体はだるくて重く、すぐにでも横になりたいと主張している。体が望むまま、言う通り寝ることにした。
あちこち土がついていたのでシャワーで洗い流すと、さっさとベットに潜り込む。
まだ家の外から賑やかな音楽と声がする。
きっと朝方まではしゃいでいるんだろうな……。
でも耳に心地良い。あたしはほほ笑みながら眠りについた。
どれくらい眠った頃だろう。
ふと目が覚めた。
窓の外は星が瞬いており、まだ夜が明けきっていない事が分かる。
腕時計は馬車から落とされた時、壊れてしまった。時間の確認はできなかったが、外の喧騒はなくなっているから4時くらいかもしれない。
珍しい時間に目が覚めたな……。
水でも飲もうとベットから起き上がった時、家のドアが開く音がした。
こんな時間に誰……?
もしかして酔っ払い?
かなりはしゃいでいたし、可能性はある。
しかし、それにしては静かに入ってきた。千鳥足でもなさそうだ。
あたしは急に眠気が吹っ飛び緊張した。
侵入者……?でもなんでここに?
足音はドアを一つ一つ開けているようだった。家の造り的に、絶対にリビングにいかないと外には出られない。必ず侵入者と鉢合わせになる。
あたしは咄嗟に窓から出ようと考えたが、格子窓は半分も開かない造りになっている。頭と肩が出て終わるだろう。
どうしよう……。
他に退路はないかと考えていると、寝室のドアが開いた。
入ってきたのは袋を被った二人組だった。
もしかして、顔見知り……?そうでなくては、こんな夜に袋を被る意味はない。
あたしは息を呑むと叫んだ。
まさか起きているとは思わなかったのか、侵入者二人はビクリと肩を震わせた。しかし途端に襲ってきてあっという間に口に布を詰められ、頭に布を被せられた。
「んー!んん〜!」
モゴモゴ言ったがくぐもった声しか出ず、後ろ手に縛られ担ぎ上げられると、外に連れ出された。
夜風が冷たい。
まだ起きている人がいそうな話し声が遠くから聞こえたが、気がついてくれる様子はなさそうだった。
気配からして、どこか抜け道を作っていたらしい。だって門の方へ行く音じゃなかった。草をかき分ける音がしたから、きっと畑を突っ切っているんだ。
僅かな抵抗としてくぐもった声を出して身をよじってみたが効果なし。
そのまま体感15分ほど移動した。
土道の音から硬い足音になったから、石畳を踏んでいるんだと思った。そして階段を降りていく。
これは……。
どう考えても城では?もしくはその近く。
だってラターナ村の近くで石畳、階段がある場所なんて城しかない。
重い格子の音がすると動きが止まり、やっと地面に下ろされた。
冷たい石の感触がする。
突然頭の袋が外された。急に視界が明るくなり、目がしばしばする。
落ち着いて目を開けると、誘拐犯の男二人がちょうど牢屋の鍵をかけるところだった。
布を詰められ後ろ手に縛られたままじっと見つめるが、無言で去っていってしまう。
………………これは相当にマズイ気がする。
だって、誰もあたしが誘拐されたことを知らない。窓がないか確かめたが、地下牢にそんなもの無かった。
これはどういう状況なんだろう?
あたしを誘拐したのは魔族?
でもわざわざそんな事しなくても、魔族の国に行くのだから必要ない。そうなれば、考えられる可能性はただ一つ……。
この国の王族だ。
力を使わなかったから怒ったのだろうか?
でも敗戦国の王なのだから、魔族によって捕らえられているのでは?
敗戦後の捕虜の扱いも王族の扱いも知らないあたしがいくら考えても、何も分からなかった。
どうにかして出られないかと格子を見ていると、上で扉が開く音がした。
スルスルと布を引きずる音と、コツコツ硬い靴音。
姿を現したのは見るからに豪華なローブを羽織った老人だった。召喚の時、あたしの力の鑑定をした魔術師だ。
白内障なのか、白く濁った目をあたしに向ける。
「気分はいいか?異世界人?」
闇のように暗い目だった。ギラギラと光り、捕らえた獲物を睨みつけている。
「我々は負けた。陛下は戻ってこず、この国は滅亡する……。にも関わらず、随分とお祭り騒ぎをしていたな?そんなに嬉しかったのか?それともこの国に復讐ができたと、満足したのか?」
ラターナ村の大騒ぎはこの城まで聞こえたらしい。
それもそうだ。あそこまで大声ではしゃいでいたのだから。
「我々の気持ちが分かるか?分からないだろう、異世界人?長年にかけて積み上げてきた苦労が、呆気なく終わった。わすが数時間で。
……お前たちは……お前は役割を果たさなかった。せっかくの力を発揮することなく降参し、敗北をもたらした。あんなにも費用をかけ命をかけた者がいたにも関わらず、なんの恩も返さなかった。腸が煮えくり返る……。この年になってこんなにも憎悪の感情が生まれるなど……想像打にしなかったわ……」
勝手に募らせた恨みつらみを吐き出している。
一方的に召喚して役割を押し付け、力の発動を強要し、失敗したら他人を批判する。本当にろくな国じゃない。
よほど文句を言ってやりたかったが、喋れないあたしはせめてもの反抗で睨み返した。
しかし、その威勢は次の言葉で掻き消えた。
「せめてもの腹いせに、お前を公開処刑することにした」
――――公開処刑?
……今そう言った?嘘でしょ?
「あと数時間後に執り行う。魔族の者どもは助けにこんぞ。せいぜい自分の行いを恥じて後悔し、懺悔しながら死ぬといい」
吐き捨てるように言うと、足音を響かせながら去っていった。
あたしは無意味に老人が立っていた場所を見つめた。
公開処刑……。あと数時間?
なんで?
やっと戦争が終わったのに……。
魔族の国に行けるのに……。
一瞬の放心のあと湧き上がってきたのは憤りだった。
あたしが力を発動させなかったから国が滅んだと思ってるの?!
冗談じゃない!!
全部自分たちが招いた結果じゃない!!
それを悔しいからって、全部あたしにぶつけないでよ!
それに、あの高官らしき魔術師も捕まえて牢に入れておいてよ!なんで野放しにしてるの、魔族?!
あたしは怒りと理不尽と恐怖に一気に襲われた。
後ろ手に縛られた手で牢屋の鉄格子を掴んで、ガタガタ音を立ててみる。閂は外からしっかりかけられ、びくともしない。石壁も触って崩れそうな所がないか探ってみたが、当然、なかった。
死が迫っていると思ったが、まるで実感はない。感情が追いつかないから理解できないのか、現実と受け取れきれないから感情がそれに伴わないのか……。
どちらにしろ、あたしは逃げられるわけもなく、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
心臓が抵抗するように鼓動を速め、生にしがみつこうといしている。全身が震え、胸は痛み、冷や汗が出た。
嫌だ。死にたくない。
動悸を紛らわすために鉄格子を握ったり壁を叩いたり体当たりしてみるが、何の意味も持たない。
逃げられない。
死の恐ろしさが突然襲ってきたかと思えば、引き潮のように去って平常に戻る。これを何度も繰り返した。
数時間なんて体感じゃなかった。
途中あまりの理不尽さに、王族と側近•重役たちへの怒りと憎しみが湧いて、狂いそうにもなった。
このまま死んだら、絶対に呪ってやる!
そう思っていると、次には泣けてきた。
なんであたしだけが……?
だって、他にも力を持った人はいる。なんであたしだけが見せしめにされなきゃいけないの……?
わすが6時間前に、みんなで祝杯を上げて騒いだのに……。
あれは何だったの?
まるで拷問のように死の事、生の事を考えさせられると、あたしの心は次第に閉じていった。受け入れられない現実から目を逸らし、死の恐怖に蓋をした。
やがて考えることもやめてしまい、涙も憎しみも怒りも枯れ果てて表情すら無くなった頃、朝になった。
僅かに人々が生活の営みを始める音がする。
今日も生きようとする人たちの音。
日が高くなり地下牢の床を明るく照らし始めると、地下牢に誰か入ってきた。
見慣れたこの国の騎士の服装。
彼は何も言わずあたしを連れ出すと、王都の広場に連れて行った。
こうして、あたしは処刑台に登ることになったのだ。
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