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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
戦争

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6/15

開戦


 大きく変化があったのは仕事を始めて一カ月を過ぎた頃。

 

 夕方、洗った包帯を回収してると、

「あの……」

 声をかけられた。

 最初はあたしに言われていると思わなかったが、繰り返して「あの、すいません」と続いたので、ようやく気がついて振り返った。

 中年の男性だった。少し痩せていて顔色も悪い。

「召喚者の方ですよね……」

 随分と小声だ。他の人に会話をしている場面を見られたくないんだろうな。

「そうですけど……」

 彼は辺りを警戒しつつ、あたしに近づいてきた。

「私の病気が何か教えてくれませんか……」

「病気、ですか?」

「はい……。随分と長いこと患っているのですが、回復魔法師様が戻られないので治療できていなくて……。せめて何の病気か知りたいんです」

 そう言って症状を教えてくれた。

 あたしは看護師であって医者じゃない。だから診断なんてできない。

 でも……

「もし死期が近いなら、妻と子供に最後にしてやれることを考えたいんです……」

 涙ながらにそう言われてしまうと、断れなかった。

「あたしはだいたいしか分かりませんよ?それでもいいなら……」

「構いません。お願いします」

 症状からして、きっと心臓が悪いんだとは思った。一応脈を取らせてもらうと、随分と緊張が強いしリズムが飛ぶ。

「たぶん、心臓の病気だと思います。安静にして、息が切れるような運動……走る、重いものを持つとか……なるべくしないでください。心労を貯めるのも良くないので、考え過ぎたり悩みすぎるのも良くないですよ」

「親父が胸をおさえて倒れた事があるんですが、関係してますか?」

「はい。遺伝するので……」

「いでん……?」

「親子で同じ病気になりやすい、ということです。お子さんがいるなら、気をつけてあげてください」

「子どもが同じようにならないためには、どうすればいいんですか?」

「あなたと似たような食事を摂らないこと。野菜を多くして濃い味付けをやめてください」

「どうして私の食の好みが分かるんですか?」

 彼は言い当てられたことに驚いていた。不思議な者を見るかのような目をしている。

「心臓が悪い方は偏食が多いので……。食生活を見直すだけでも違います。むくみが強い時は、足を高くして横になってください」

 至極簡単なアドバイスだった。これでは根本の治療にはならない。本当は薬があればいいが、降圧薬も動悸を治す薬もはこの世界にないだろう。ましてや発作を起こした時の治療薬なんて……。

 しかし彼は目を輝かせて「ありがとうございます」とお礼を言った。

「早速やってみます」

 足早に駆けようとして、走るのは良くないと言われた事を思い出し、歩きに変えていた。

 あたしはそんな後ろ姿を見送りながら、ほとんどなにもできていない事に後ろめたさがあった。


  

 が、彼は5日後にまたやってきた。

「少し良くなりました。夜の息切れもパンパンになる足もマシになっています」

 嬉しそうにそう話してくれた。

 中年男性はダルニアといい、それ以降も時々話しかけてくれた。時間は短かったが、近況や体調の変化を話してくれるのは嬉しかったし、やっと仕事らしい事ができた気がして、ほんの少し慰められた。


 

 2ヶ月もすると、たまに傷薬をもらいにくる人、薬の作り方を聞きに来る人が現れ始めた。同僚からも「おはよう」くらいは返ってくるようになり、無視されることが減った。


 

「最近、どうですか?大分この世界に慣れましたか?」

 召喚の時に初めて会った日本人、田岸さんが食事会の席で声をかけてくれた。時々、ラターナ村の日本人だけで食事会をしているのだ。

 日本人は10人ほどで、田岸さんがあたしと一番近い年齢だった。

「お陰様で。最近は傷薬が人気です。作り方を紙に書いて渡してます」

「凄いじゃない。話しかけられるの?」

 保育士の竹原さんが驚いていた。

「他に誰もいない時だけですよ?」

「それでも凄いわ。まだ2カ月なのに」

「俺なんて、未だに挨拶もされないぞ」

 これは大工の郷田さん。お父さんくらいの年齢だ。

「それは職場で酒を呑んでるからでしょ?」

 郷田さんの妻、会計士の塩見さんがツッコんだ。

 この夫婦はこちらに来てから結婚したらしい。とは言っても婚姻届けを出したわけじゃないので、事実上の夫婦だ。

「夜は寝てます?また医学書を読みあさったり、薬作りに熱中してませんか?」

 シチューを頬張りながら田岸さんが兄のように言ってきた。

「大丈夫ですよ。ちゃんと23時までには寝てます」

「また蝋燭を切らさないように、注意してくださいよ」

 以前、夜更かししすぎて配給の蝋燭が底を尽いてしまった事があった。

 田岸さんはそれ以降、時々あたしの就寝時間をチェックしてくる。

「ちゃんと残数確認してます。兄みたいに言わないでくださいよ」

 田岸さんは黙って苦笑いするだけだった。


 夕食会がお開きになると、田岸さんはあたしを家まで送ってくれた。

 高い塀があるから本当はそんな必要ないんだけど、いつも田岸さんはそうしてくれる。

「庭の野菜はどうですか?」

「小さな大根がそろそろできそうです。日本で言うと二十日大根ですかね、あれ」

「似たような品種なんでしょうね。野菜もハーブも動物も、地球のものと似ていますから」

「基本的な植生が同じで助かります。似て非なるものもありますけどね……」

「犬とネコは見かけましたか?」

「ええ……。とてもペットにできそうにないです……」

 

 この世界の犬は地球でいう熊扱い。大きさも2メートルはある肉食だ。

 ネコは大きさは一緒だけど、すこぶる動きが早くこちらも肉食。赤ん坊を好んで食べるらしい。

 王都の森で捕獲されたものを広場で偶然見かけたのだが、最初は動物虐待かと思ってしまった。

 あとから聞くと、ここ数年で王都でも見かけるようになったらしい。本来は害獣駆除も兵士の仕事だが、内戦と戦争のため駆除に割く人員が減っていて、対応が間に合っていないのだという。

 つくづく、何やってんだ王族、と思ってしまう。

「犬はともかく、ネコは入ってくる隙間さえあれば村にも侵入してきますから、戸締まりはちゃんとしてくださいね」

「はい……」

「あと、勉強も薬作りもほどほどに」

「薬草がそろそろ無くなりそうなので、作りたくても出来ませんよ」

 診療所に保管されている薬草は底を尽きそうだった。新しく入ってくる予定もないので、あたしの仕事が一つ減ることになる。

「薬草採取は残念ながら行けそうにないですからね……。薬のレシピを書いて渡すだけになるでしょう」

「そうですね……」

 そんな会話をしていると、家に到着した。

「では、おやすみなさい。しっかり温かくして寝てくださいね」

 これも毎回言われるセリフだったので、

「田岸さん、本当に兄みたいですね」

 あたしは笑ってしまう。

「まぁ、妹がいるのは本当なんですけど。井瀬さんと年齢も近いし、勝手に親近感を持っているのかも知れません……」

 あたしにも鬼籍に入った兄がいる。

 田岸さんと背格好も雰囲気も違うが、なぜか重ねてしまう自分がいた。だから、田岸さんの気持ちは分からないでもなかった。

「少しだけわかります……」

 田岸さんはクスリと笑うと「また明日」と帰っていった。

 


 次の日の朝。

 家族のことを思い出してあまり眠れなかったあたしは、寝坊してしまった。出勤時間は決めてないけど、一応規則正しい生活のため起床時間を決めていたのだ。

 特に慌てることもなく身支度をして食事し、野菜に水やりをしようとした時だった。

 突然、鐘がなった。

 教会の鐘の音ではなく、半鐘の高い音。警告音とすぐに分かる切羽詰まった鳴らし方だった。

「な、何?」

 慌てて外に出てみれば、みんな一様に不安そうに家から飛び出している。

 どうしていいのか分からず辺りをキョロキョロ見回していると、隣の家のクレールさんが、

「最低限の荷物をまとめたほうがいい」

 と冷静に教えてくれた。その言葉にドキッとした。

「まさか……魔族が攻めてきた?」

 クレールさんは何も言わなかったが、家に戻っていったのであたしも急いで荷物をまとめた。

 とは言っても服やパンを配給用の袋に詰めるくらいしかすることがない。医学書も持って行こうか悩んだが、自分のメモの束だけを掴んで袋に入れた。一応、職場の本だ。盗む真似はしたくない。

「井瀬さん!」

 突然ドアが開いて焦った田岸さんが入ってきた。ノックもしないなんて彼らしくなかったが、こんな状況だ。慌てるのも仕方ない。

「急いで村の門までいきましょう!魔族が攻めてきたらしい!もう王都の森まで来てます!」

「もう?!」

 思ったよりも近い。逃げる時間なんてほとんどなさそうだ。

「村長が全ての家に声をかけています。俺達も急いで行きましょう」

 田岸さんはあたしの手を掴むとグイッと引いて走り出した。

 

 近所の人達もみんなパニックになっている。泣いたり叫んだりして、全員が村の門へ向けて走っていた。

 あたしは田岸さんの背中を見ながら走り、言いたくない事実を告げた。

「でも……あたし…………きっと前線に立たされる……。逃げられないと思います」

 田岸さんはその言葉にハッとして足を止めた。

 力の事は誰にも話していない。しかしこの一言だけで、あたしが戦場で役立つ力だと分かったはずだ。

 田岸さんは唇を噛みしめると、

「行かなくていいですよ」

「でも……」

「行っちゃダメだ!」

 痛いくらいにあたしの手を握ってそう言った。

「それとも、行きたいんですか?」

「そんなわけない!」

 思わず叫ぶと、田岸さんは「逃げよう」とだけ言ってあたしの頭に布を被せた。

「顔を隠して、人混みに紛れてしまえばいい」

「で、出来るの……?」

 不安で心臓が喉から出そうだった。重く黒ずんだ気持ちが塊となって胸に巣食っている。

 顔にそれが出ていたのだろう、田岸さんは一言、

「――一緒に逃げよう」

 言うと再び走り出した。

 しかしすぐに渋滞に引っかかる。門の前に人が溢れかえって、

「早く出せ!」「門を開けろ!」「開けてー!」

 怒号が聞こえた。

 パニックを起こした人達は必死に門を叩いていた。とてもじゃないが、通れそうにない。

「入り口はここだけなんですよね?」

 すぐ隣で舌打ちしそうなほど顔を歪ませた田岸さんは「ええ」と辺りを見回す。

「もしかしたら壁に隠し扉を作っている人がいるかもしれませんが……すぐに塞がれるでしょうね……」

「どうにかして抜け出せませんか?」

「今考えてます」

 

 しかし、そんな時間はなかった。

 門が開くと恰幅のよい騎士が1人入ってくる。中年に見える男性は騎士らしく、筋骨隆々としているのが見ただけで分かった。

 僅かな隙間を抜けようとする者がいたが、見えない壁に阻まれたようにはじき飛ばされた。

「無駄な足掻きはやめろ、異世界人ども」

 ギロリとあたし達を睨見つけ、冷たい声でそう言った。

「お前たちはこの時のために呼ばれたのだ。存分に働け。抗えば殺す」

 あたしは思わず息が止まった。

 嘘でも脅しでもない。それが明確に分かる殺気ある目だ。

 異常な緊張感を持った騎士の様子に、みんなの怒号は消え失せた。

 静寂に包まれると、また門が開いて10人ほどの兵士が入ってくる。先ほどの騎士よりも鎧が貧相なので、一般兵と分かる。

 恰幅のいい騎士はゆっくりと紙を取り出し広げると、急に名前を呼び始めた。

「ロナルド・カイル」

 すると1人の男性の体が光だした。

 突然の事に驚いていると、兵士が男性の元へゆき両腕を持ち上げて強制的に連れ出した。

「エバンズ・ローズ」

 また体が光って連行される。

 どうやら個人を特定する魔法のようだ。嘘は通じないと分かる。

「ハンナ・スミス。キム・ジウ。ワン・ファンフェイ」

 次々と呼ばれては連行されていく中、

「シオミ・シオリ」

 聞き覚えのある名前が呼ばれ、あたしは震えた。

 塩見さんはガシッと腕を掴まれたが、郷田さんが兵士に飛びかかって阻止しようとした。

「やめろ!妻を連れて行くな!」

 殴りかかられ、兵士の1人が倒れたが多勢に無勢。すぐに郷田さんは取り押さえられ、恰幅のいい騎士の前に引きずり出された。

「警告はしたぞ」

 それだけ言うと、騎士は躊躇なく剣を抜いて大きく振り下ろした。

 人垣のせいで見えなかったが、聞いたこともない音と周囲の人の悲鳴で何が起こったかは簡単に知れた。

 塩見さんは引きずられながら泣き叫んでいた。喉が裂けそうな声は聞いていられず、涙がこぼれそうになった。

 その声が消え去るのを待つこともなく、騎士はまた名前呼びを再開した。

 まるで何事もなかったかのように。

「アダムス・ブラウン。ルーカス・グエン。バトバヤリーン・ホラン。ミハイル・ドミトリエヴィチ・スミルノフ」

 次々とラターナ村の人たちが連行される。もう誰も文句は言わなかった。

 

 そして…………。

 

「イセ・ヒカリ」

 体が光ると、あたし目掛けて鎧の音が絶望的な音をたてて近づいきた。死の音に聞こえた。

 2人の兵士は鬼のような形相であたしを見下ろし、腕を掴んだ。強制的に立たされるが、田岸さんはあたしの手を離さなかった。

「おい、そこの男。離せ!」

 警告を受けても田岸さんは動かなかった。

 周囲の人が凍りついた目で田岸さんを見つめている。彼は挑戦的な目で兵士を睨みつけていた。

 それが気に食わなかったのだろう。兵士は剣のグリップを掴むと、

「これが最後だ。離せ!」

 怒鳴った。

 しかし離すどころか力を強めてあたしを引き寄せたのを見て、カシャンと剣鞘けんしょうから刀身を抜きかける。

「田岸さん!離して!」

 あたしは泣きそうな声で懇願した。

 嫌だ、見たくない!

「お願い!!」

 一向に力が緩まないので、あたしは自分から田岸さんの指を引き剥がした。それでも田岸さんは腕をつかんできたので、兵士が遠慮なく剣を抜いて素早く振り下ろす。本能的に田岸さんはあたしを離した。

 あのままだったら、間違いなく腕は落ちていた。でも剣は空を切って地面を打つ。

 それにホッとする間もなく、あたしはグイグイと引っ張られて門の外へ連れ出された。

 途中、郷田さんの血だらけの姿が見えたが、あたしは目を背けなかった。ピクリとも動かない姿を焼き付けた。

 絶対に忘れないように。

 

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