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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
グラータ訪問

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探り合い

探り合い

 これからの3日間、夢中で話を聞きまくった。おかげで色々な知識を得られた。


 まず麻酔•麻薬•鎮痛剤。この3つを徹底して教えてもらった。

 作り方、薬草の調達方法、麻薬の管理•取り扱い者を限定する方法•紛失した場合の取り決め、体格•性別•年齢別の投与量。

 使用方法も全身にかける、塗る、飲ます、吸入と、思ったより多岐にわたっていた。

 そしてこれらの薬は徹底して国が管理しており、市販は一切ない、と一貫していた。

「違法に入手した場合、かなりの重罪になります」

「なるほど……。麻薬取締法違反ですね?」

「その文言はよく分かりませんが……受け取り可能な場所を一つにしています。販売、購入も許可が出た者だけに限り、やり取りはすべて記録され、国外に持ち出す場合も必ず帰国した後、使用量と残数が正しいか把握されます。まぁ、これはグラータの国民が少ないから出来る方法です」

 なるほど。だから国外に流出しないのか。

「グラータは確か、50万人ほどですよね……。ソルセリルの約半分か……」

 少数国家のいいところだ。


 

 薬以外のことでは、グラータの医療体制を教えてもらった。

 毒に関してはマニュアル化された方法が取られていたが、一般的な病気に関してはソルセリルと似ていた。

 まずは全ての患者を回復魔法師が診て、必要な怪我や病気に合わせた等級の人へ患者が割り振る。その後、治療するらしい。

 日本で言うと、どの専門科に診てもらうのか考えるため、総合受付をするのと同じ。

「我が国では全等級の回復魔法師が国家登録可能です。これもグラータの特性で、回復魔法師の数が多いから実現できることですね」

 

 全等級の回復魔法師が国家登録?

 普通はそうじゃないってこと?

 

「どういうことですか?」

 この質問にはヘルムートが答えてくれた。

「通常、回復魔法師といえば等級3から5の者が登録します。等級3は骨折まで治療・治癒可能、等級4は足や腕の欠損まで、等級5は瀕死の重症まで治癒可能です。グラータではその等級の縛りをなくし、1や2の者も資格を得ることが出来るのです。それだけ人手が必要ということですね」

 

 なるほど。猫の手も借りたい状況ということか。

 でも、そのやり方の方があたしの理想に近い。

 

「ソルセリルでも取り入れる事は可能ですか?」

 あたしは自称、協働作業者のヘルムートを見た。こういう時、彼の頭脳は力を発揮する。

「不可能ではありませんが、回復魔法師の面々と喧々囂々《けんけんごうごう》たる議論が必要になりますよ?」

「何かを変える時はそんなものでしょ?」

 きっぱりと言うと、

「そうですが――」

 とめちゃくちゃ渋い顔をされた。

 最近、ヘルムートのこの表情をよく見る気がする。

 

「仮に回復魔法を使える人が全て登録したとして、グラータと同じ方法で診察•治療ができると思いますか?」

「単純に国民数で計算すると、可能です」

 瞬時に計算出来るのは流石だ。

「グラータの一般診療のやり方が、ヒカリの考える体制に近いのでしょう?少し見えてきましたね」

「ええ。でもそのやり方だと、回復魔法が使える人は強制的に仕事が決定しちゃいますよね?無理やり国民の仕事を決めちゃうのもなぁ……。職業選択の自由がなくなっちゃいますよね……」

「「「職業選択の自由?」」」

 ヘルムートもグラータの人も、同時にあたしを見た。

 

 見事に揃ったなぁ……。


「なんですか、それは?」

 この質問はヘルムート。

「基本的人権の一つですよ。あぁ、これは日本の話しですけど――」

「ニホン?」「基本的人権?」

 これはグラータの使者の方々。

「日本は私の生まれた国です。基本的人権は人が生まれながらに持つ、大切な権利のことです。平等と自由、最低限の生活を保障してくれます」

 

 そう言うと、全員がぽかんとしていた。

 目から鱗って顔をしてる。

 

「生きていくための平等と自由と最低限の生活保障……すごい考え方ですね――」

「それが全員に与えられるのですか?」

「はい。国民であれば、生まれたと同時に発生する権利です」

 全員がほぅ……と唸っている。

 グラータの人々も興味があるようだが、それだけではなさそうな表情をしている。

「異世界は随分と国民に自由と権利を与えてくれるのですね……。確かに理想ではありますが……」

 感心したようにヘルムートも声を漏らした。

 羨ましいが賛同は出来ない、という切ない顔をしている。もしかしたら、種族間でのあれこれを考えているのかもしれない。

 人間と魔族。

 ソルセリルでは、魔族の中でもさらに種族が別れるのだから。

 

「ヒカリ殿は本当に異世界から来られたのですね……」

 メルトーナもヘルムートと同じ顔をしてあたしを見ていた。

「この世界には様々な種族がいます。その血に抗う事はできない。さらに魔法とスキルがあるので、それらに人生を縛られて生きている。みなが平等に、自由に、というわけにはいかないのです」


 

 それを聞いて、あたしはラディウスを思い浮かべた。圧倒的な魔力とスキル。それに振り回されているのは確かだ。

「お前は選ばれたから仕方ない」と言われればそれまでだけど、それでも悲しいし寂しい。望んでいない力に翻弄され生きていくしかないなんて……。

 

 ラディウスはもし力がなければ、何をしたかったんだろう?

 戦に行かず、ソルセリルを興すことなく、何か別のことをしていたのだろうか……。

 それはそれで人々の運命が大きく変わることになるが、人ひとりの人生を天秤にかけるとどちらが傾くのか、あたしには分からなかった。


 

「ヒカリと話していると、感銘を受けることが多々あります」

 ヘルムートは突然にそう言った。

「非魔法付与薬と容器の数々に始まり、今回の医療体制確立や基本的人権など……到底考えもつかない事を見せて、聞かせてくれます。一つ一つに刺激があって、思わず背筋が伸びるようです」

「気が引き締まるってことですか?」

「それもありますが、ラディウス様とソルセリルを興した時を思い出しますね」

 ヘルムートは懐かしそうに、嬉しそうに笑った。 

「頭の中で稲妻が走った感覚ですよ。長く仕事をしていると、初心さえ忘れてしまうことがある。しかしヒカリのおかげで、無謀だが酷くやりがいのある仕事に関われる。ラディウス様とソルセリルを興した時と同じ高揚感と使命感のようなものを、確かに内に感じます。それが嬉しいのです」

 

 嬉しい、か……。

 

 ヘルムートはきっとラディウスと似ているんだ。国を動かす事は次々と問題が舞い込んで大変だけど、そういう渦中に身を置きたい。

 それが生き甲斐でやり甲斐なんだろうな。

 

「ヘルムート殿の言い分は分かる気がします」

 メルトーナも笑みを見せて言った。

「ヒカリ殿と話すこの3日間はとても充実していました。衝撃が走ったかと思えば、じわじわと胸にくる熱いものがある……。アリウェ陛下の仰った通りでした」

「アリウェ陛下?」

「きっと同じ医療者として響くものがあるだろうから、存分に心震わせてこい、と出国の際に言われました」

「そ、そんなことを?」

 随分と大層な言葉を送られたんだな……。

「ヒカリ殿はよい刺激を与えてくれます。ソルセリルが懐に置きたい理由が分かりました」

 

 え?なにそれ?

 

「ご納得頂けたなら良かった」

 ヘルムートは使者を見て微笑んだ。

 初めてまともに互いを見ている気がする。


 この3日間、ヘルムートはほとんど使者達と会話していない。主導者は飽くまであたしだから、全ての舵切りを任せてくれたのだ。彼は時々助言や口添えをしてくれただけ。

 最初は不安だったけど、実際にやってみると、その方が良かったと思える。

 本当に、どこまでいっても頭がいい人には敵わない。


「ヒカリ殿、よろしければグラータで実際の現場をご覧になりませんか?」

「え?」

「医療現場に立ち、実際の我が国の体制をご覧になればいい。きっと参考になることが多いはずですから」

「いいんですか?!」

 

 思ってもいない提案だ。

 話を聞いただけでもグラータの体制はすごいと思う。日本ともソルセリルとも違ったやり方だが、魔法があるこの世界ではグラータ流の手法がスムーズなのでは、と思える所が様々にあった。 

 目の前で見せてくれれば、きっとすごく良い参考になる。

 

「あの、ご迷惑でないのなら――」

 言いかけた所で、ヘルムートが咳払いした。

 ふいっと顔を向けると、ニコッとしてあたしを見ている。

 

「………………あっ」

 

 あたしは散々言われた油断大敵、既成事実を作らせるな、の言葉を思い出した。

 

 ――この誘いはアレに当てはまるの?

  嘘……すごく行きたいのに……。


「どうかされましたか?」

 急にあたしとヘルムートが無言で以心伝心したので、グラータの方々は何かを察したらしい。

 こういう空気を読める所は、さすがに国に仕えているだけのことはある。

 

「ヒカリ殿は大層興味を持たれると思ったのですが……」

「あー……。えーっと……。興味はあるんですけど……」 

 行きたいんですよ?!

 でも……ヘルムートさんの無言の圧力が……。

 

「なら、是非どうぞ。実際に薬も作られてみればいい。器具も薬草もありますし、滞在中に鎮痛剤も麻酔も麻薬も全て作れますよ?もしかすると、麻酔を使う現場にも立ち会えるかもしれませんし」

 

 すごく誘惑してくる!そして心引かれる……!

 

「物凄く興味をそそられますが……」

「なら、アリウェ陛下にお伝えしておきますね」

 にこり、とメルナートは微笑む。

「いや、でもですね――」

「ソルセリルはそろそろ雪の季節になりますよ?出国できなくなるかもしれません。早々にお越しいただなくては。諸々の手続きはしておきますので、5日後にでもおいてください」

「5日後ですか?」

「ええ。この3日間で得た知識と記憶が薄れぬうちがよろしいかと」

 

 なんだか急にグイグイときたな……。

 メルトーナの笑顔が急に黒いものに見えてきた……。

 

「いや、さすがに5日後は……準備が色々と……」

「大丈夫です。着替え等も全てこちらで準備させて頂きますので。食材で苦手なものがあれば、おっしゃって下さい。毎日お疲れになるでしょうから、専属の施術者をつけましょうか。体の疲労だけでなく、美容にもよいですよ?王都の宿屋では今、大層人気だとか」

「そうなんですか……」

 夜間にマッサージを毎日してくれると?

「城に滞在中も不自由ないよう、最大限のおもてなしをさせて頂きます」

「ご配慮ありがとうございます……」

「とんでもありません。我々もヒカリ殿に視察に来ていただけると、身が引き締まる思いですよ。今回ここに来ていない者にも、よい影響を与えてくれそうです」

「は、はぁ……」

 

 あれ?なんか行く流れになってない?

 

「あの、メルトーナさん……。私まだ行くとは――」

「ヒカリ、どこへ行くんだ?」

 グラータの全員がピクリと体を止めた。

 笑顔も止まった。

 

 振り返ると、ラディウスが営業スマイルで近づいて来るところだった。

 3日間、一度も姿を見せなかったのに……。タイミングが良過ぎる……。

 

 そう考えていると、なにやらヘルムートが意味ありげな視線を送ってきた。

 そして耳元で小声の風話が届く。

『ヒカリ1人では押し切られそうなので、呼んでおきました』 

 流石シゴデキ、ヘルムート。

 

「ヒカリ、グラータへ視察へ行くのか?」

 あたしのすぐ隣の席に座って、普段なら絶対に見せない穏やかな笑顔を向けられる。

「あー、えっーと……。行きたいのは山々なんだけど……」

「なんだ?一人で他国に行くのは心許ないのか?」

 ――そういう理由にしたいの?

「そう言えば、ソルセリル内や他国の観光もしたいと言っていたな?ちょうどよい機会じゃないか、行ってくるといい」

「え?いいの?」

「ああ、俺も行くからな」

「「「「え?」」」」

 その場にいた全員の声が揃った。

 

「ラディウスも行くの?」

「グラータの前王に顔向けしたいくてな。上王陛下はご顕在とアリウェ陛下から伺っているのだが、健康に問題はないのだろうか?」

 使者達に尋ねると、全員が面白くなさそうな顔をした。

「はい、何ら問題なく過ごしておいでです」

 メルトーナはやや硬い声でそう言った。

「なら問題ないな。こちらの都合がつく日をまた知らせよう。アリウェ陛下にもそうお伝えいだけるか」

 ピシャリ、と有無を言わさない空気が立ちこめる。

「――承知いたしました」

 グラータの面々は納得できない顔をしていたが、それでも反論はしなかった。

 

 ラディウスは立ち上がると、あたしにも起立するように合図し、

「グラータの使者よ。3日の間、ヒカリが世話になったな。次はグラータでお会いしよう。ヒカリと共に貴国へ訪れるのを楽しみにしている」

 使者達は一様に深々とラディウスに頭を下げた。

 強引にこの場の話し合いを終わらせると、さっさと会議室を出ていった。

 

 これで3日間の情報提供と探り合いは終了した。

 

 

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