ソエイラの指輪
属性魔法の鑑定が終わると、あたしは忙しくなった。
水属性魔法の知識を得るため、図書室から色々と本を借りて読み漁ったのだ。
それによると、どうやら水属性魔法は攻撃魔法、防御魔法、生活魔法、特殊魔法に分けられると分かった。
生活魔法は単純。水を出して飲用水を確保する。洗濯にも使えそうだ。
防御魔法は水壁、水鏡。壁を作り出して攻撃を防いだり、鏡のように反射する。
攻撃魔法は水球、水刃、水槍など。風魔法と併用すれば氷魔法も出来るらしい。
特殊魔法は回復と浄化がある。
回復はちょっとした切傷や怪我を治せるレベル1から、瀕死の重症を治癒するレベル5まである。
浄化は水、空気や服などを綺麗に出来るみたい。この魔法を使えば洗濯いらないのでは?それに泥水を浄化して飲用水にできたりもするらいし。サバイバルに便利そう。
でも各魔法には消費魔力というものがある。効果範囲が広かったり、レベルが高い魔法ほど消費魔力が大きい。一番消費が少ないのが一般的な生活魔法。次に防御魔法、攻撃魔法、特殊魔法の順に消費魔力が上がるようだ。
「やっぱり特殊魔法は一番消耗が大きいのか……」
分かりやすく消費量を数値化できないけど、有限な魔力量を考えると気軽に特殊魔法は使えそうにない。特にあたしの場合は難しいだろう。
「生活魔法は少し試してみようかな……。滅菌水みたいな物ができれば、応急処置の時に便利そう……」
それくらいなら簡単に出来るだろうか?
どのみち魔法についてちゃんと教えてもらわないと、使い方も分からないんだけど。
「知りたい魔法を挙げていこう……。ヘルムートさんに相談できるし」
あたしはペンを取り、紙に列挙していった。
そんな作業をしていると、突然ドアがノックされた。
そんな事は今までになかったので、思わず顔を挙げて動きが止まった。
……来客?
珍しいな……。
「はい」
返事をするけど、相手は何も言わない。
「誰ですか?」
それでも無言。
少し不安になる。
この場所を知ってる人は多くない。
だから、訪ねてくるのはあたしも知ってる人…………のはず。
ゆっくりと立ち上がりドアに向かう。
日本みたいにドアスコープなんてないから、ドアを開けるしかない。
――今度ヘルムートさんに小さな窓を付けてもらおう。
あたしは頭の片隅でそう思った。
警戒してゆっくりドアを開けると、ザンバラ髪の細身の男性が立っていた。180センチはあり、黒に近い紺色のローブを羽織っている。その顔は暗く、じとっとあたしを見ていた。鋭く光る瞳の中に銀の虹彩が見える。
異様な雰囲気と視線にゾワッと禍々しい悪寒が走った。
「っ……」
雰囲気に呑まれ、あたしは数秒立ち尽くす。
こんな人知らない。
とっさに力を使ってシールドを張る。剣は念のためドア横に置いてある。手に取ろうか……。
どうしよう。こんな時どうするのか、ヘルムートから聞いていない。
戦っていいのか、助けを呼べばいいのか……。
高校生の時、実兄から「女の子なんだから覚えておけ」と教わった護身術が頭をよぎる。でもやっていなくて忘れた……。
最近は剣と弓の稽古が多くて護身術がおろそかだったのもいけなかった…。
そう言えば、各国が表立ってあたしを観察しに来ると、ずいぶん前にヘルムートから聞いたな…。
もしかして、監視役の人?
あたしの力を知ってて、秘密裏に殺しに来た?
色々な考えが頭を駆け巡って声を出せずにいると、
「警戒するな」
怪しい男はそう言った。
「――誰?」
あたしは剣に手を伸ばそうと体を傾けた。しかし男は、
「俺だ」
短く言うと頭をふるふる振った。すると溶けるように姿がかわり、顔、髪型、肌の色、骨格が変化してラディウスになった。
――は?
どういう事?
呆気に取られていると「とりあえず、力を解け。入れないだろうが」と苦々しい顔をして眉をひそめている。
あたしはシールドを解除すると、
「ラ、ラディウス……?なの?」
まだ解けない警戒心を顔に残して、怪訝そうに尋ねた。
「そうだ。ここに来るには色々面倒だからな。変装した」
変装?それは変装じゃなくて変身では?
「まるっきり違う人だったじゃない!魔法みたいに!」
「は?魔法だが?」
………………そうだった。
あたしはラディウスを招き入れると、もう一度まじまじと見た。
服装は変わらないけど、姿はガラリと変わって顔も髪もいつものラディウスだ。
「さっきのはなんて魔法?」
「魔法ではなくスキルだ」
どうということはない、と表情一つ変えずに教えてくれた。
…………本当に、この人は何個のスキルを持ってるの?
「来るなら事前に言ってくれればよかったのに……。知らない人だったから凄く驚いたじゃない」
「警戒してきたのは分かったが……。なんの攻撃もしてこなかったじゃないか」
「剣を取ろうとしたよ!」
「結局、取ってなかったがな。力の発動も遅すぎだろう。あんな反応じゃ、あっという間に殺されるか誘拐されるぞ?」
あたしは思い切り苦い顔をした。
それはそうかもしれないけど……。
………………。
もっと護身術を増やそう…………。
あたしはこっそりと心に誓った。
「で?ラディウスは結局何をしに来たの?護身術が使えるか確認しに来たの?」
「そんな暇なわけあるか!」
気分を害したラディウスは語気を強めてムスッとした。
「じゃあなんでここに?」
「前に言っていた魔導具が完成した」
ラディウスは懐から小さな革袋を取り出した。
逆さまにするところん、と指輪が2個転がり出る。
机の上で輝くそれは、なんの変哲もない銀色の指輪。変わっている点といえば、2個の指輪が鎖で繋がっていることくらい。チェーンリングってやつ?
「これ、魔導具なの?」
おしゃれな装飾品にしか見えず、あたしはちょっと疑ってしまう。
「そうだ。ヘルムートの収集品の一つでな。かなり希少な指輪だ」
へぇ……そうなんだ。
っていうか、宝物庫にある、とかじゃなくて収集品なんだ……。
ヘルムートの趣味かな?
「指輪についてる魔石が見えるか?」
言われて指輪をよくよく見ると、確かにそれぞれの指輪の真ん中に石がはめ込まれている。エメラルドグリーンで綺麗だ。
「その魔石は魔力圧縮の力がある。石の色で魔力の残量が分かる仕組みだ。緑が満杯、青が半分、黄色が枯渇、暗転はカラだ」
それって…………。
「…………ほぼ信号じゃん」
「しんごう?」
ラディウスは聞き慣れない単語に首を傾げていたが、説明しても分かんないよね。
「気にしないで。今は緑だから満杯ってこと?」
「ああ。さっき注ぎ込んだばかりだからな」
「ふーん……」
「付与出来る魔法属性は一つの指輪につき1種類だ。それぞれ風と水属性魔法を注ぎ込んでいる」
「あぁ、だから2個指輪があるんだ」
「指輪一つの蓄積魔力量は1500程度だから、あまり多くない。生活魔法や一般魔法は問題なく使えるが、魔力消費が激しい攻撃魔法や特殊魔法を使えば、すぐに指輪の魔力を使い切ってしまうぞ」
「ふーん……」
どこか気が抜けた返事をするあたしに、ラディウスは怒ったような顔で、
「おい、真面目に聞いているのか?」
「聞いてるよ。なんか全然実感が沸かないだけ。魔力量がほとんどないって言われて、今まで魔法を使おうって考えたことないのに……。急に『やっぱり使える』って訂正されてもピンと来ないよ」
そう言うと、怒りを通り越したのか呆れたようにため息をついた。
「そうかもしれんが……全く………。少しは関心を示せ。これを作るだけでも相当な労力がいるんだぞ?」
そっか……。
あの話をしてから1週間は過ぎた。
時間がかかっているな、とは思ってたけど、やっぱり並大抵のことじゃないのか……。
「感謝してるよ。あたしは魔法の事も魔道具の事も全然分からないから……。ラディウスが言うなら、相当大変なんでしょ?」
「なんだ?俺が言うなら、っていうのは?」
「ラディウスは魔道具とか詳しくないんでしょ?」
「…………なんでそうなる」
「えっ?詳しいの?てっきりヘルムートさんの領分かと思った」
ラディウスは口角を下げて不満げな表情をした。
「……あながち間違ってはいないが、さすがにソエイラの指輪くらい知っているぞ」
「ソエイラの指輪?」
「この指輪のことだ」
机の上で光る指輪をトントンと指し、
「古来から有名な魔道具だ。おとぎ話にしか出てこないと思われているがな、現実に存在する」
あたしは驚いてもう一度見た。
古来って……どれだけ前から存在してるの?!
キラキラだけど?
「おとぎ話って……。それっていつの話?」
「さぁな。ヘルムートなら詳しいだろうが」
「そんな昔からあるなんて信じられないんだけど……。キラキラじゃない!」
「ミスリルとオリハルコンで出来ているからな。錆びたりはしないぞ」
「ミスリルとオリハルコン…………?」
うーん……。なんか聞いた事があるけど、今ひとつピンと来ない。
首を傾げるあたしに、
「そんな事も知らないのか……?」
呆然としたラディウスは目を細めて呆れていた。
「しかたないでしょ?向こうの世界にはミスリルもオリハルコンもないんだから……」
「…………なら、ものすごく貴重な金属と覚えておけ。見る者が見ればすぐに高値がつくと分かる品だ。身に着けている間、くれぐれも盗まれないようにな」
あたしの瞳を覗き込むようにそう念を押した。
「わかったよ……。でもそこまで言うなら盗難防止とかつけてくれればいいのに……」
「仕方ないだろう。これ以上の魔法追加が出来なかったんだ。ただでさえ高度な魔法式が組み込まれてるんだぞ?それに上書きするなんて、それこそ不可能に近い」
「ふーん……」
生返事を返すと「本当にありがたいと思ってるんだろうな……」と顔を覗き込んできた。
「思ってるよ!」
全然信じてない目であたしをじとっと見ると、
「装着してみろ。一番簡単な生活魔法で発動を確認する」
あたしは指輪を中指とくすり指にそれぞれつける。サイズは大きかったけど、少しはめているとピッタリになった。試しに力を入れて抜こうとしたけど出来ない。
「えっ……これ取れないんだけど………」
「解除呪文を唱えないと外れない仕掛けだ。盗賊に指をきり落とされないようにな」
「ええ……」
なにそれ……。めちゃくちゃ怖い………。
「解除呪文はあとで教える。まぁ、外す事はほとんどないだろうけどな」
「それで?水を出すってどうやるの?」
「詠唱してもいいが、生活魔法程度なら無言でも発動する。思い描けばいいだけだ」
あたしは言われた通り水が出るイメージをした。
すると手のひらに雨粒のような小さな水が出てきて、徐々に大きくなって手のひらサイズになる。その間、指輪が僅かに温かくなった。
「作動に問題はなさそうだな。他の魔法は自分で集めろ。魔力量が減ったら早めに俺かヘルムートに言え」
「城にいけばいいの?」
「風魔法で声を飛ばせばいい。あとでやり方をヘルムートに聞け。アイツももうじきやって来る」
「分かった」
あたしは先ほどのメモを取りに行くと、『声の飛ばし方』と忘れないように追加した。
「マメだな。いちいち書き留めてるのか?」
「知りたい魔法をまとめて聞こうと思って。ヘルムートさんは忙しいから、会える時間が貴重なんだよね」
「――俺の方が貴重だろ……」
「あぁ……そう言えばそうか」
指摘されるまで気が付かなかったが、確かにここまで長く喋ったのは魔獣の森の時以来だ。
「あと、前から気になっていたんだが、なぜ俺の事は呼び捨てでヘルムートは敬称を付ける?」
「ん?」
それも言われて気がついた。特に意識していなかったが、いつの間にかこうなっていた。
「なんでだろ……。うーん………ラディウスだからなぁ」
「いや、俺は王だぞ?なぜ臣下より気安く扱う?」
なにやら焦った様子で身を乗り出しているが、そんなに王様扱いしてほしいのかな?
それに敬意を示す相手にはちゃんとそうしてる。
ラディウスはあたしの中で、その位置にいないだけ。
「ヘルムートさんは一緒に仕事して、知識がすごいと思ってるから。助言も的確だし、仕事早いし丁寧だし、完璧って思う。だからかな?」
「―――俺には思わないという事か?」
「今のところは?」
ジト目になると、ドサッと勢いよく椅子の背もたれに寄りかかるラディウスは、なんとも言えない不愉快そうな顔であたしを見た。
「本当にお前は、俺をなんとも言えない気分にさせてくれるな……」
「あれ?怒ったの?」
「……いい気分でないことは確かだ」
「ごめんね?」
「……………………本当にお前は俺を王だと思ってるのか?」
「まぁ、一応」
あからさまに「はぁ……」と盛大なため息をついた。
足を組んでイライラと腕組みすると、
「はやり魔力提供については負い目を感じていてもらおうか。借りも返してもらおう」
なんて言い出した。
狭量だなぁ。そう言うところなんだけど……。
「王様が発言を変えるの?前は『必要ない』って言ってたのに」
「気が変わった」
もう……。本当に気まぐれだな……。
でもここまでイライラしてても、ラディウスから威圧感を感じない。少しは心境の変化があったのかな?
「なら次に城に言った時、差し入れでもするよ。クッキーでいい?」
「菓子ごときで借りになると思ってるのか?!」
「え?ダメ?もぅ……ワガママだな……」
「わ、わがまま?!そんなこと言われことないぞ!」
あたしはこの雑談がさほど嫌や時間でもなくて、
「はいはい。ならお返し何がいいか考えておいて」
笑って返した。
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