転居
少し短めのお話です。
あたしがラディウスのお屋敷に移るよう指示されたのは、再鑑定の翌日の事だった。
急にヘルムートが、
「これから転宅します」
と騎士を4人も連れてやってきたのだ。
「えっ?これから?!」
あまりの事に驚いたが、問答無用で騎士の方々が荷物を持っていってしまう。クローゼットを開け、服をガザッと持てるだけ持って歩く騎士、棚を開けて片っ端から箱に詰める騎士。
レディの部屋に入るのに、もう少し遠慮とかないんか……。
「この本は貸し出し中のものですか?本の差し入れを希望したと聞いていますが」
机に置かれた数冊の本を見て、ヘルムートが関心薄く尋ねてきた。
「これも持っていきますよ。お屋敷には多少の本がありますから、自由に読んで頂いて構いません」
「あの……友人と会うことは出来ますか?」
転宅にあたって1番気がかりなのが、田岸さんとの面会だ。
すかさず質問したあたしに、ヘルムートはお見通してとばかりに「ノボルとの面会ですか?」とピンポイントで当ててきた。
別段隠す必要もないので素直に「はい」と認めると、
「別に構いません。彼には特別な力もありませんし、我々の脅威にはなり得ない。ただし、差し入れは禁止です」
あたしは胸をなで下ろし、嘆息した。
良かった。取りあえず、懸案事項は解決した。
少ない私物が運び出されると、あたしはヘルムートに付き添われて部屋をあとにした。
マンションを出る前、何事かと顔を覗かせたクレールさんと目が合う。
あたしは小さく手を振って、黙って別れを告げた。
お屋敷に到着すると、早速部屋に案内される。
幅広い階段、食堂、数多くの部屋が並ぶ。よくある肖像画などはなく、たまに控えめな風景画が壁に飾られているだけ。
でもそれがちょうどいいほど、お屋敷内は立派で豪華な作りだった。洒落たクラシックが流れてきそうな雰囲気。
セレブが使う高級ホテルってこんな感じかな……。
泊まったことないけど。
お屋敷内の案内は一切されず、ヘルムートは黙って次々と部屋を通り過ぎ、長い廊下を歩いた。
1階の端にある部屋で足を止める。
「ここがあなたの部屋になります。勝手に外には出ないように」
ドアを開けるとそこは20畳はある部屋だった。
ベッドとタンス、テーブル。どれも控えめなデザインだが、近くに寄ると豪華な彫りが施されている。カーテンもベッドカバーも光沢ある布で、派手すぎない輝きを放っていた。当然のようにお風呂とトイレが部屋に備え付けてあり、この部屋で生活が完結するようになっている。
まぁ、基本的にこの部屋から出るなということなんだろう。
部屋の前には常に衛兵が配置され、部屋から出入りする時は必ず付き添われる、とも説明された。
また窓の傍にも衛兵が常におり、外からの監視も1日中続けられる。
ここも想定内。だからって気持ちが軽いわけないけど。
本がある場所も案内してもらったが、ヘルムートは「多少の本」と言っていたのに、小ぶりな図書室だったので驚いた。
しかも小説だけじゃなくて、魔法や植物、医学など、専門っぽい本もある。
しばらくは退屈しなくてすみそう。
住む場所が変わっても、あたしのやる事は変わらなかった。
本を読んでメモをする。
お屋敷の図書室は様々な本があったので助かった。何より、アザルスよりも種類が多いし出版されたのが最近だ。あちらの国で知ったことが古くて、いくつか間違って覚えていたこと、最新の研究で変わっていたことが発見でき、いい勉強になった。
平穏な時間を10日ばかりを過ごした時、田崎さんが面会に来てくれた。
彼は仕事を始めたので休日にしか来れず、会える頻度はぐっと減っていた。
「各国との話し合いはなかなか終わらないみたいです」
田崎さんはこうして外の世界の事を教えてくれる。あたしは魔王のお膝元にいるが、そういった情報は全く入って来ない。
部屋の前にいる衛兵達は私語禁止だし、ヘルムートは滅多に来ない。
図書室に行く時、騎士や兵士、メイドさんらしき人、役人?のような人達とすれ違うが、全く話をしたことはない。話しかけても会釈を返されるだけ。
だから時事問題には疎かった。
「各国のお偉方が来ているのは本当なんですね」
「ええ。街の雰囲気が華やかで、警備も厳重なようですから。買い物に行ったロイドさんが、店の人からそう教えてもらったみたいです」
そうか……他の人は街にも出られているんだ。少し羨ましい。
「やっぱり、召喚者達の今後についての話し合いが長引いているんでしょうか?」
「おそらく。他にも議題はあるでしょうが、アザルス王国の今後についても議論されるでしょうからね」
「やっぱり、国主が変わって復興、となるんでしょうね……」
「ええ。問題は誰が国王になるか、ですから」
首脳会談がどれくらいの期間続いているのか分からないが、たぶんだいぶ長引いているのだろう。
たまに廊下ですれ違うヘルムートの表情が険しく疲れているから……。
「ヒカリはだいぶ暇を持て余しているみたいですね。メモがまた増えてますよ?」
田岸さんは机に投げっぱなしの本と紙を見ていった。机に収まりきらない物は綴って本棚に置いてある。
だってそれくらいしかすることがない。
今度、ヘルムートに庭の散歩くらい許可してもらおうかな……。
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