相談
次に目覚めた時、あたしは家にいた。
何度も短い時間、目が開いてはいたけど、ここまでしっかりと「起きた」と感じたのはいつぶりだろうか。
ウトウトしたり微睡んだりを繰り返していたから、知らない家にいたのは嘘だったのかと、自分の頬を軽く摘んで引っ張ってみた。
でも発熱のしんどさや悪寒に震えた記憶はある。誰かが着替えさせてくれ、毛布を掛けてくれた記憶も……。
今はかなりだるくて、腕を動かすのも億劫だった。でも逆に言うとそれだけで、着ているものも家の様子もいつも通り。まるでおかしな悪夢を見ていたかのような不思議な心地で、浦島太郎ってこんな感覚だったのかな、なんて思う。
ここに帰ってきたということは、ラディウスが迎えに来てくれたのは夢じゃない……んだよね?
呆けていると、水を運んできてくれたのは田岸さんで、しっかり覚醒しているあたしを見ると、
「おはようございます」
泣きそうな程の笑顔を向けてくれた。
今が朝なのかも判然としなかったけど、とりあえず「おはようございます」と返すと、喉が渇いてるせいか上手く声が出ず、
「柑橘を搾った水ですよ。飲みますか?」
カップに入った水を差しだされた。
水は染みわたるように美味しく、1回で飲みきってしまう。
「お腹空いてますか?」
飲みっぷりに笑顔をこぼすと、次は食事の確認してくれた。
「少しなら……食べれそうです」
今度はまともに声が出て安心する。
「なら持ってきますね」
田岸さんはパン粥と果物、甘くしたホットミルクを持ってきてくれた。倦怠感がありつつも腕を動かし、1人前以下の量を食べきると、情けなくも息が切れた。それでも眠気はこないから、体力は回復しているようだ。
食後、田岸さんは「辛くないなら話しましょう」と、旧アザルスとの紛争の顛末を教えてくれた。
「ヒカリは15日行方不明でした。ここへ帰って来たのは5日前です。ヒカリを保護してくれた人達はひとまず例のマンションにいます。空きがあったので入居しているそうです。うさぎ獣人一家も全員一緒にいますよ」
良かった……。
ダナン達は無事に再会できたんだ。
「紛争は終結していて、相応の死傷者が出たので近く追悼式があります。旧アザルス側の勢力はほぼ壊滅した、とヘルムートが言っていたので、同じことは起きないと考えてよいらしいです」
追悼式……。
本陣襲撃の時、倒れた人達を思い出して全身が冷えた。
「追悼式……あたしも参加できますかね?」
「体調次第でしょう。俺も参加する予定なので、もし出れなければ、ヒカリの分も追悼してきます」
次に顔を引き締めると、陣営攻撃の話をしてくれる。
「あの紛争で起こったことですが、本陣襲撃も罠魔法も魔力抑制も、内通者の仕業とみて、まず間違いなさそうです」
胃のあたりがざわつく。
当時のことが思い出され、自然と息が苦しくなった。
「つまり、あの戦に出ていた人の中に内通者がいた……?」
「はい。そこは確定です。ただし犠牲者が出ているので、死亡した可能性もあります。はっきりとしないので、まだ警戒は必要です」
内通者は本陣周囲に罠を仕掛けたり魔力抑制の結界を張ったりした……。あの地震が合図で攻撃が始まり、結界を発動させた……。
「ヒカリも罠魔法にかかったと聞いています。運悪く防御魔法の中で作動したので、直に攻撃を受けたとか……」
火花が散って意識が飛んだ時のことと思い至り、
「はい。一瞬の事で何が起こったか分からなかったんですけど……」
「不幸中の幸いで、魔力抑制が発動していたので命が助かったらしいです。本来の威力であれば、間違いなく即死だったとラディウスが青ざめていました」
「敵の罠にかかったけど、敵の結界のおかげで助かった、と……」
頷く田岸さんは、
「そう考えると敵の思考もよくわかりません……。凡ミスにしても考えが無さすぎですし……」
首をひねっていた。
あたしには理由がわかる。
魔力抑制の結界で厄介なラディウスの魔力を抑えて、怪我をさせるため、あちこちに罠を仕掛けた。兵も送り込んで武力で追い込み、ラディウスに傷を負わせる機会を増やした。手配書の大柄の男と目つきの悪い女も使い、ラディウスの血を得るだけでなく、あたしがラディウスの最大の弱みと成り得るかも試した――。
全てはラディウスの血を得るためだけに行われたこと。
それが叶った今、危険なのはラディウスだ。あたしの命が狙われることはない。むしろあたしを生かしておかなくては、ラディウスにかける術の発動条件が満たされなくなる。
ここで話してしまいたかったが、ヘルムートもいた方がいいと思い、言葉を呑み込んだ。代わりに別の質問をする。
「エッダとラディウスの怪我は?特にエッダはかなり重症だったと思うんですけど」
「2人ともあの場で治療を受けています。すぐに動けるようになって、今は元気です」
「良かった……。あの……他の人たちの怪我は?相当酷く攻撃を受けたから……。騎士や兵だけじゃなくて、補給部隊とか治療師の人とか……」
「あの場では治療継続が困難になったので、ヒルスナイトの領主の家に移されました。そこで処置が行われ、回復しています。手遅れとなる人は勿論いましたが……ポーションと回復魔法の併用を積極的にした人物がいて、回復魔法師が足らない中、相当活躍したと聞いています」
もしかしてヴィンス……?
仮に彼であるなら――いや、彼でないにしろ、心から感謝したかった。あたしのやり方を真似て治療に当たってくれたのなら、少しは貢献できたと思えた。
「詳しい話はヘルムートから聞いて下さい。彼にはもっと詳細な情報が入っているでしょうから」
ここで一段と低い声になった田岸さんは、
「あと手配書の二人ですが……あの場で始末されました。もう心配は無用です」
静かに末路を教えてくれた。
ドキリとして「そうですか……」としか言葉がなかった。
テオドールの手駒が減ったという意味では良かったんだろうけど、喜べはしなかった。
「テオドールの情報は特に聞き出せなかったそうです。もともと雇われていただけらしく、何も知らなかったとラディウスから聞いています。つまり、唯一テオドールと直に話したヒカリがカギです。何を話したんですか?テオドールは目的を何か言っていましたか?」
テオドールの目的はあたししか知らない。
廃屋で話を聞いたのはあたしだけ。大柄の男が消えた後に心臓縛りの話をしたし、テオドール自身も大っぴらに術のことは知られたくなかったんだろう……。
いよいよヘルムートに話さなくちゃ。最後の発動条件を満たさないようにするためにも、ラディウスを公の場に出さないようにしたい。
「そのことで伝えたいことがあります。ヘルムートに風を送れますか?至急……話したいんです」
息切れしながもそう言うと、
「今でいいんですか?少し休んでからのほうがいいのでは?」
と心配されたけど、強く首を振った。
「急がないと……。ラディウスがいない場で伝えたいんです……。できれば田岸さんにも聞いて欲しいので、今呼び出せるなら来て欲しい」
真剣に言うあたしの顔を見て「分かりました」と言うと、すぐに連絡をつけてくれた。
どうやらたまたま手が空いていたらしく、次元魔法で飛んできてくれた。
「ヒカリ様、お呼びですか?」
部屋に入るや否や、あたしの顔色を見たヘルムートは眉間に皺を寄せて、
「……もう少し体調が回復したあとの方が良いのでは?」
と躊躇した。
確かに先ほどよりも息が切れていて、重だるい体を何とか起こしている状態だった。しかも一人じゃ姿勢を保てず、あちこちにクッションを挟んでいる始末。
それでも「駄目です」と強く言い張った。
「しかし……その様子では――」
反論を続ける隙がないよう、あたしは食い気味に遮った。
「ラディウスの命に関わることなんです」
思ってもいない内容に、ヘルムートは一気に強張った顔をした。田岸さんも目を見張っている。
痛いくらいの視線に突き刺されながら、
「早く対策しないと――ラディウスが危ないんです」
真剣な物言いに切羽詰まったものを感じたのだろう、
「……――話を聞きましょう」
椅子に腰を据えたヘルムートは、怖いくらいの声でそう言った。
あたしは自分の身体に鞭打って、テオドールから聞いた全てをつつみ隠さず2人に話して聞かせた。
紛争の最大の目的はラディウスの血を得ること。
術の発動条件の「弱み」があたしであることを確認するため誘拐したこと。
あとはラディウスを目視すれば条件が全て揃うこと。
テオドールがあたしに一方的な想いを寄せていることだけは伏せた。まずはラディウスに迫った危機を知ってほしかった。
ヘルムートは口に手を当てて、掛け布団の柄から目を離さずしばらく考えに耽った。これまでの知識と魔法の数々を照らし合わせ、頭をフル回転しているのが分かる。
あたしも田岸さんも邪魔をしてはいけないと思い、彼の考えがまとまるのをじっと待った。
「……アザレイン家の特殊魔法については調べてみますが――おそらく何も分からないでしょう。他国というだけでなく、家系による特殊魔法は秘匿とする家がほとんどですから。特に心臓縛りのような生命に直結する魔法の場合は、尚の事です」
「ラディウスをテオドールの視界に入らないようにする事は可能ですか?」
しぶい顔をすると、
「不可能ではありませんが、長期となると……。ラディウス様本人が訝しむでしょう」
「……――つまり、テオドールの視界にラディウスを入れる前に、彼をどうにか……しないと解決しないと?」
あえて「殺す」と表現しなかったが、
「発動前に術者が死ねば、もちろん安全ですが……。『視界に入れる』というテオドールの条件の方が簡単です。発動するのは免れないかと……」
「発動後に術者が死んだ場合はどうなりますか?」
これは田岸さんの質問。
「生命を縛る魔法の場合、その多くが術者と対象者の命は一蓮托生となります……。おそらくラディウス様自身にも影響がでると考えたほうがいいでしょう」
「発動したら最後、ラディウスはずっと人質、ということですね……」
「あとはヒカリ様が見たように、術者本人が意図的に解除するしかありません」
あたしは大きく肩を落とした。
考えていた以上にこちらが不利だ。解決策が少なすぎる。
「他には……発動前にテオドールの指を全て落としてしまう、くらいでしょうか。指を使う術のようですから、なければ起動できません。左右どちらかの手しか使えない、など細かなことが分かりませんから、やるなら両手を落とすのが確実です」
「発動後に手を落とすのは?」
「止めた方がいいでしょう。心臓を潰す条件が『指が無くなること』であるなら、手を落とした時点で条件を満たしてしまいます」
「……つまり、発動させないのが一番いいが、それは極めて厳しい。発動してしまったら解除は困難、と――」
田岸さんのまとめにヘルムートは黙って頷く。
二人とも葬儀の参列者のように俯き、沈黙してしまった。
ヘルムートの知識と頭脳を以てしても、打開策はほぼない。手っ取り早いのはテオドールを殺すことだが、彼がどこにいるのか分からない。こちらから接触する事は困難だった。
しかし――
実をいうと、発動後の打開策がないわけではなかった。
――あなたに惚れたからです。愛しい方の願いは聞き届けますよ?
テオドールの言葉を信じるなら、そこに賭けてみる手はある。しかしあまりにもヒロイン的考えで、自己犠牲が過ぎる。なにより、ラディウスを助けるためにラディウスの傍を離れるのは嫌だった。
考えを消し去るため、ふるふると頭を振った。
それは本当の本当の最終手段だ。
まずは術の発動前にテオドールを探し出すことが先決。
「ナビ魔法でテオドールを探せませんかね?先に見つける方法はそれくらいしかないですよ?」
魔法開発者の田岸さんはこの案にいい顔をしなかった。
「どこにいるか分からないので、難しいです。あれは探知範囲が狭いんですよ……。ここから王都の距離でも使用は困難なくらいです」
「……そうですか」
落胆するあたし達をよそに、ヘルムートだけが「ナビ魔法?とはなんですか?」首をひねっていた。
「あぁ……それはまた説明します。ヒカリがそろそろ限界そうですし、ラディウスとの交代時間が迫っていますから、話し合いはここまでです」
田岸さんの言う通り、あたしは強い眠気に襲われ瞼がだいぶ重くなっていた。
「対策は早急に考える必要がありますが、今はとにかく休んでください。このあと、俺とヘルムートで案を出し合ってみますから……」
そっと頭を撫でられるとこれで一旦解散と、2人は立ち上がる。
田岸さんは水とカップを手の届く所に置くと、
「ヒカリの体力はかなり落ちていますから、当分一人での暮らしは無理です。内通者が判明していない今、ヒカリが自分で動けない間は俺かラディウスがここに来ます。食事や更衣なども全部手伝いますから」
返事をしたかったけど、話を聞いていることさえ苦しいほどに息が上がっていた。
回復早々にごちゃごちゃと考えすぎたようだ。
「私達も知恵を絞りますから、ヒカリ様はまず養生して下さい。辛い中、話してくれてありがとうございました」




