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この世は勇者であふれてる  作者: 栢瀬 柚花
アザルス王国編

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1/9

断頭台


 多くの民衆が見守る中、あたしは砂埃が舞う乾いた風を受けながら、処刑台の階段を上がっていた。


「召喚者、イセ・ヒカリ。この者は以下の罪状により処刑する勅命が下された。

 罪状。国家転覆罪。王族への反逆罪。機密漏洩罪」

 

 うわぁ。

 あたしってば結構な悪行を働いていたらしい。

 全て身に覚えがないけど。


 朗々と罪状とその詳細な罪が語られる中、階段を上がりきると歴史資料で見た断頭台ギロチンがそこにあった。

 二本の柱の間に吊るされた重そうな刃がある。斜めの鋭い刃は鈍くきらめき、下の木製の台には頭を乗せる部分がある。所々に血や髪の毛がこびりついていて、生々しいし、不衛生。

 ああ、これから殺すのだから、不衛生もあったものじゃないか……。

 でも絞首刑よりも断頭台ギロチンで良かった。 

 首吊りは苦しそうだし、息が止まった後も心臓は動いているから意識があったら嫌だ。その点、首をはねられるのは痛みがない。その前に死んでいるし、何より一瞬で終わる。

 ただ、最後に目にするのが木目というのが嫌だ。首を固定されたら視線を動かすのも厳しいだろう。せめて美しい物でも眺めていたかったのに。

 断頭台の前に立たされたあたしはそんな事を考えた。


 処刑台の上にあがると集まった人々がよく見える。

 あたしと約2ヶ月の間、衣食住を共にしたラターナ村の人々、同じ職場の同僚、民衆の人たちがこちらを見ている。

 地球ではフランスやイギリスで公開処刑が行われていたらしいが、見せしめよりも民衆の娯楽の意味合いが強かったと習った。

 しかし目の前にいる人たちからはそんな空気を感じない。誰も彼も沈痛な顔をしており、歓喜したり石を投げたり罵声を浴びせる人は誰もいない。あたしの処刑に賛同していないのが分かる。それだけでも救いだ。


 処刑を執行するため、あたしを後ろ手に縛っている人、ダルニアも同じだ。暗い顔で下を向き、決してあたしを見なかった。顔見知りなので、嫌な気分になっているのだろう。

 ダルニアは元担当患者だ。よく親しげに話をしてくれたから、戒めのためこの役回りを押し付けられたのだろう。 

 

「イセ・ヒカリ、前へ」

 ダルニアがあたしの体をグイッと前に押した。両手を後ろで縛られているから彼の顔は見えないけど、縄を持つ手が震えている。きっと怖いんだ。

 断頭台のすぐ目の前で足を止めると、ダルニアは刃を落とすための紐の前に立った。


「執行人、膝をつかせろ」


 役人の指示が入るが、ダルニアは動かなかった。膝が震えているのが見える。呼吸も荒く乱れ、パニックを起こしそうなのだと分かる。

 彼には心臓病がある。過度なストレスで心負荷がかかれば発作を起こしてしまう。発作が起これば、それを治す薬はこの世界にはない。彼は死ぬだろう。

 そんな目には遭ってほしくなかった。

 せっかく戦争が終わったのだ。腐敗しきった王族からこの国は解放され、自由な時代がやってくる。

 彼もそれを謳歌しなくては。 


 あたしはダルニアにしか聞こえないよう、できるだけ唇を動かさないようにして話した。

「好んでやっているとは思っていないので、心配しないで下さい」

 顔も見ないようにした。親しい仲だと思われれば、このあとダルニアは酷い仕打ちを受けるかもしれない。

「それに、あまり感情的にならないで。心臓に悪いですよ」 

 息を呑む音がすると、すすり泣く声になった。

 ダルニアは先ほどよりも足を震わせている。嗚咽も聞こえる。

 

 彼はこれ以上、執行人の仕事は出来ないだろう。

 そう思って、あたしは自ら前に進み出て首を乗せた。

 

 震えるダルニアを見かねたのか、処刑台に誰かが登ってくる足音がした。その男は、

「何をグズグズしている」

 とキツイ口調でダルニアを叱ると、断頭台の木枠をはめる。首が固定されるのを感じた。そうなると、もう床の木目しか見えない。

 

 やっぱり木目しか見えないか……。

 

 あたしは目を閉じた。

 早く済ませて欲しい。

 気がついたら首と胴がオサラバしているのが理想的。

 あたしはその時を待った。

 


「刑の執行を許可する」

 

 その声のあと、上の方で刃の固定を解除する音が聞こえた。あとは刃を落とす紐を離すだけ。

 

 決して楽しい世界ではなかった。

 いい国とは到底言えない場所だった。

 こんな特別な力はいらなかったし、迷惑なことばかり引き寄せる力だった。

 でも、もう関係ない。

 あたしは死ぬのだから―――。


 

「おい、何をしている?」


 覚悟を決めた時、上空から声がした。

 よく通る低い声。

「すでに王族はその地位にないはずだが、一体誰の許可を得て処刑しようとしている?」

 

 周囲の民衆がざわめき始める。ソワソワとした落ち着きのない空気が死刑台の上にまで伝わってきた。

 一番慌てていたのは罪状を読み上げていた役人だ。想像だにしなかった人物の登場に狼狽している。

「なぜ……ここに………」

「部下から火急の知らせが入ったのでな。飛んできてみれば、案の定だ」 

 この声に聞き覚えがあったが、あたしはまだ目を開けなかった。

 だって急に刃が落ちてきたら怖い。せめて首の固定が外されてからにしたかった。

 頑なに目を閉ざしていると、目の前に彼が降り立つ音がした。

「外してやれ」

 ダルニアが慌てて首を固定していた木枠を外してくれると、ようやく安心した。 

 恐る恐る目を開け顔を上げると、昨日見た人物が立っている。 

 大きな漆黒の羽を折りたたむところだった彼は、冷えた目であたしを見下ろしていた。

 

 

 あたしを助けに来たのは勇者でも賢者でも英雄でもない。


 一般的には物語のラスボス、世界を破滅に導く者として描かれがちな人物だ。

  

「こんにちは、魔王様」


 

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