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デフォルトネームの恋人  作者: 遠野 文弓
第1章:SPRING

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10/11

10.定期的に会う理由

 五月に入り、宣伝部に大型案件がやってきた。主力ラインの化粧品が、ここ数年ずっと売上を落としていた。だから、成分は据え置きのまま、名前と顔を変える。既存商品の大々的なリブランディングだ。紙のパンフレット、チラシ、店頭POP。必要なら紙のプレスリリースも用意する、という話だった。


 商品開発部の販促窓口は(さが)()主任だった。


「校了は五月末です。逆算していきましょう」


 初回の打ち合わせは会議室で行った。

 会議室には、ブランド担当の責任者と、商品開発部の課長がいた。二人とも、言うことが違った。


「言い切りが弱い。もっと煽って」


「煽るな。事実とそぐわなくなる」


 わたしは頷きながら、メモを取る。議事録を整え、取材・撮影の段取り表を作り、会議の出席者に渡す。


 撮影に使う店舗とモデルを決め、写真の使用許諾を取り、紙面の言葉のトーンを揃える。その確認と差し戻し対応が、これから毎週のように続くだろう。忙しくなる。



 ***


 五月初めのトラブルは、許諾絡みだった。

 ブランドの撮影協力先からFAXが届いた。許諾条件が書いてある。紙面の用途が限定されていた。


『店頭POPのみ可』


 それだと、リブランディングとしては成立しない。苦い溜息をこらえながら、いったん給湯室へ行った。


 (さが)()主任が先にいた。マルボロに、いつも通りの手つきで火を点ける彼に声をかける。


「条件がきついですね」


「用途が増えるのが怖いだけだと思いますよ。媒体の定義を切り分ければ通るでしょう」


 その声を聞いて、なぜだかホッとしてしまう自分に気づいて、慌てて背筋を伸ばす。


(……駄目だ。彼に頼りすぎるのはよくない)


 (さが)()主任は、近づいたらまずい相手だ。

 わたしも煙草を口にする。それでほんの少しだけ、沈黙の時間ができた。


「……店頭POPの写真と、営業資料の写真を分けましょうか」


「それがいいかな」


 (さが)()主任は、灰を落としながら言った。


「一日でも早い方がいい。僕が通します」


 わたしは頷いた。宣伝部に異動して日が浅いわたしは、まだ根回しの作法を掴みきれていない。(さが)()主任に任せるほうが確実だった。



 ***


 五月の第二週目、原稿に取り掛かる。わたしは宣伝部として、一般向けの言い回しに寄せた。

 そこに、部内チェックで赤が入った。


『もっと勝ち筋を見せろ』


 二〇〇三年。景品表示法はずいぶん前からある。今回のリブランディング商品は化粧品だから、薬事法も絡んでくる。消費者庁はまだない。


 つまるところ、わたしの価値観だとあまりにも規制がゆるすぎる。


 わたしは、自分の中の倫理観と戦いながら、《《最大限》》に煽るキャッチコピーと文章を提出した。令和だと、「最高」とか「No.1」みたいな表現は、たとえ口コミでも根拠を要する。「アンチエイジング」「美肌」なんて性根があくどいか無知な人間でなければ書けなくなってしまった。


 だが、この時代だと、そこに危機感を持っている人はあまりいないようだ。少なくとも、いま回ってきた初校にはないので、わたしは嬉々として性根を腐らせることにした。


 禁止カードを使うのは、存外楽しいものだ。


 会社が気にしていたのは、むしろ価格の扱いだった。

 今年は二〇〇三年。この時代には、優良誤認を防ぐため、公正取引委員会は事業者に対して裏付けを要求できるようになっている。「通常価格一万円ですが、特別価格で七千円です!」といった、根拠のない比較でお安く見せる二重価格表示にうるさくなり始めたということだ。


 それを踏まえてか、商品開発側からも再三、釘が刺された。


『価格は正確に。お客さまに誤解させないで』


 へえ。どこにでもまともな人間もいるものだ。

 赤が二色になった。人格否定めいた文言も肩を並べる指摘を眺めながら、わたしはほんのり微笑んだ。


 わたしは店頭POPの初校を持って給湯室へ行った。会議室を取るほどではない。

 (さが)()主任がやってきたとき、わたしはちょうど赤まみれの初稿をシンクの天板に広げたところだった。

 

「商品開発部とブランド担当者の両方の言い分が通る形に落としたいんですよね」


「板挟みですねえ」


 小さく笑いながら、(さが)()主任は、初稿の一部の表現に指を置いた。

 彼がトントンと叩いているのは、わたしが提出した数パターンの煽り文句だった。


『シミ・くすみに、さよなら』

『狙った視線を逃がさない。勝負の一本』

『印象を、ひと塗りで変える』


「ここは、断言が必要ですか?」


 押しつけてはこないが、譲る気もなさそうだ。商品開発部の目から見れば、成分の効果を保証するような過剰な煽りに見えるのはわかっていたから、わたしは小さく肩をすくめた。


「いいえ」


「いいえ?」


「宣伝部が煽れと言ったので、案のひとつとして出しているだけですよ」


 (さが)()主任は初稿をパラパラと巡りながら、ぽつりと言った。


「君の煽り文句は、その……。すごいですね。ブランド担当者は褒めてたけど」


「倫理はかなぐり捨ててやりましたよ。非科学的な断言に男ウケ至上主義。どっちもたっぷり詰めてあります」


 自嘲気味に言い捨てると、なぜか(さが)()主任はおかしそうに笑った。


「君のその、倫理を捨てたほうの言い回しですが、悪いわけじゃないと思いますよ。だけど、商品開発部が嫌がるのもわかるんです。どうにか、落としどころ作りたいですね」


 わたしは「また案を出します」とだけ返した。

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