第2場 領民の嘆き ―立つという決意―
グランツ領の館。
天井は高く、広間には暖炉がひとつだけ燃えていた。
けれど、その火は心を温めるには小さすぎた。
領民たちは、厚い外套のまま集められている。
頬はこけ、指はひび割れ、
疲労の影がその場に満ちていた。
木の床に響く靴音――。
エリザベートがゆっくりと歩み出る。
背筋を一線に保ったまま、
彼女は席の奥に座す執事ハインツへ視線を向けた。
「ハインツ。現状を。」
老執事は頭を下げ、淡々と報告する。
「援助は王都から届かず、備蓄も……三週間が限度です。」
沈黙が落ちた。
重い。
まるで空気そのものが凍りつくようだった。
子どもの咳が、遠くでひとつ響く。
その音を、誰も拾えない。
エリザベートは目を閉じた。
そして、まるで祈るように息を吸う。
「……まず、立ちましょう。」
沈黙が揺れる。
「……立つ?」と、ハインツが眉をひそめた。
「ええ。立てば、血が巡ります。血が巡れば、思考も動きます。」
彼女はためらいもなく、
会議机の脇にあった椅子を両手で持ち上げ――静かに片づけた。
木が擦れる音が、やけに大きく響く。
その音に、誰もが顔を上げた。
エリザベートは立ったまま言葉を続ける。
「座っていれば、寒さが入り込みます。
動けば、まだ戦えます。」
彼女の声は冷たく、しかし不思議な熱を帯びていた。
やがて、ひとりの農夫がためらいがちに立ち上がる。
次に、隣の老婆が腰を伸ばす。
そして、若い母親が子を抱いたまま立ち上がる。
――最後には、全員が立っていた。
それは、意志ではなく反射。
けれど、その姿勢の中にわずかな光が宿っていた。
エリザベートは頷き、
机の上の報告書を立ったまま読み上げる。
その会議は三時間に及んだが、
誰ひとり、座ることはなかった。
そして、その日以降――
グランツ領の会議では、“着席禁止”が慣例となった。
立つことが、希望の第一歩だと、
誰もが知ってしまったからだ。




