第二章:沈黙の領地 ―鍛錬という祈り― 第1場 帰還:雪のグランツ領
―白の中に、ただ一本の線―
冬の朝。
王都から遠く離れた北の地――グランツ領。
大地は雪に沈み、空は低く、音がない。
村の屋根は白く埋もれ、畑は凍りついていた。
立ち尽くす民の頬はこけ、息は白く細い。
そこへ、ひとつの馬車がゆっくりと坂を登ってくる。
黒い御者台、紋章入りの車体。
それは、滅びかけた領地に残る唯一の“格式”だった。
村人たちは、誰も声を発しない。
ただ、その車輪の音を見送っていた。
――ギュ、ギュ、と雪を踏む音だけが響く。
車内、エリザベート・フォン・グランツは窓辺に座り、
凍てついた風景を見つめていた。
その瞳に映るのは、絶望ではない。
ただ、冷たく研ぎ澄まされた観察だった。
そして、ひとつ息を吐く。
「……良い冷気です。筋肉が、目を覚ましますね。」
侍女メイは凍りついたように固まった。
「お、お嬢様、まずは……暖をお取りくださいませ!」
しかしエリザベートは、静かに外套を脱ぐ。
厚手のコートの下から、貴族とは思えぬ鍛えられた腕の線がのぞく。
「必要ありません。寒さは、訓練です。」
馬車の扉を開ける。
その瞬間、刺すような冷気が吹き込む。
けれど彼女は眉ひとつ動かさず、
まっすぐ雪の上に降り立った。
靴底が雪を噛む音が、場を貫く。
村人たちは息を飲んだ。
白銀の世界の中で、エリザベートの姿は異様なまでに真っ直ぐだった。
背筋が、一本の線のように空へと伸びている。
その線は、まるで――この沈んだ大地を貫く剣のようだった。
「ここが、私たちの鍛錬場です。」
その言葉は、誰に向けたでもなく、
しかし確かに、この地全体へと響いた。
沈黙の中、冷たい風が彼女の髪を揺らす。
それは、氷雪に閉ざされた領地に訪れた
最初の“温かい音”だった。




