第6場 帰路:沈黙の内省
夜の王都は、いつになく静かだった。
舞踏会の喧騒が遠のき、
ただ月の光だけが石畳を照らしている。
黒塗りの馬車が、一台。
ゆっくりと、王城の門を離れていく。
車輪の音が、静かな夜に一定のリズムを刻んだ。
その中で、侍女メイは何度も言葉を飲み込んだ。
けれど、沈黙に耐えきれず、ついに小さく声を漏らす。
「……お嬢様、本当に、よろしかったのですか?」
エリザベートは窓の外を見つめていた。
月が白く、雲が薄い。
その光が彼女の横顔を淡く縁取る。
「ええ。王子の瞳が、怠けていました。」
「……怠け、ですか?」
メイは思わず聞き返す。
「筋肉は、真実を映します。
鍛えていない目は、重力に抗えません。」
言葉の意味はまったくわからなかった。
けれど、その声音は確信に満ちていて、
なぜか“そうなのかもしれない”という気がしてくる。
馬車の中は、再び静かになる。
車窓を流れる月明かりが、彼女の手の上に落ちる。
その手が、ふと、ゆっくりと握られた。
手袋の上からでもわかる。
関節が浮かび、筋線が、月の光を受けて淡く輝く。
「明日から、少し負荷を増やしましょう。」
「えっ……領地に戻る前にですか?」
「ええ。心を保つには、継続が必要です。」
メイは小さく息を呑んだ。
彼女の言葉には、怒りも悲しみもない。
ただ、静かな意志だけがあった。
馬車はゆっくりと夜を進む。
遠くで風が枝を鳴らし、
街灯の影が石畳に揺れる。
エリザベートは目を閉じる。
その姿勢のまま、微動だにせず。
彼女の沈黙は、まるで祈りだった。
誰のためでもなく、ただ“正しく在る”ためのもの。
馬車の灯りが角を曲がり、
やがて闇に吸い込まれていく。
そして――その瞬間。
王都の片隅で、
見知らぬ衛兵がふと背筋を伸ばした。
理由は、なかった。
ただ、自然と――そうしたくなったのだ。
その夜、王都の姿勢が、わずかに良くなったと言われている。




