終章・第3場 祈りのような朝
朝靄の残る広場に、柔らかな陽光が差し込み始めていた。
鳥の声が遠くで重なり、村の一日は静かに始まる。
村人たちは整列し、無言で立つ。
鍬を持つ者、兵の訓練を終えた者、子どもを背に抱く母までもが――
皆、同じ方向に顔を向け、呼吸を整える。
その中央に立つのは、エリザベート・グランツ。
白い外套が朝の光を受けてきらめく。
その姿は、かつての聖女にも似て、しかしもっと現実的で、強かった。
彼女の隣に立つアラン王子も、静かに息を合わせる。
王族の威厳も、過去の悔恨も、この瞬間だけは意味を持たない。
ただ、“生きている”という確かな感覚だけが、胸にある。
ふたりは、同時に背筋を伸ばした。
腕をゆっくりと広げ、朝日に向かって伸びをする。
動作は慎ましく、だがどこまでも美しい。
まるで――古代の祈りの舞のようだった。
やがて、アランが小さく呟く。
「……まるで、祈りのようだ。」
エリザベートは穏やかに頷き、目を閉じる。
「ええ。筋肉は、神に近づくための形ですから。」
その言葉に、王子の胸が静かに熱を帯びる。
誰かに教わった信仰ではない。
目に見えぬ奇跡でもない。
“呼吸”と“姿勢”という、誰もが持つ祈りの形。
風が吹き、木々がざわめく。
村全体が、まるで呼吸しているかのように音を立てた。
光の中で、二人の影が地に落ち――
やがて、重なり合い、ひとつの形を成す。
それは、かつて神に捧げられた祈りの姿に似ていた。
しかし今、それは“人の力”による祈りだった。
沈黙の中、朝の光が二人を包む。
筋肉は、今日も黙して在る。




