第六場 再臨 ―体は心を裏切らない―
崩壊の音が、祈りの鐘を呑み込んでいた。
大聖堂の天井が軋み、聖像が砕け、光が黒く濁って落ちてくる。
神官たちは泣き、兵士たちは逃げ惑い――
その中で、ひとつの足音が響いた。
コツ、コツ。
崩れた扉の向こうから、白い外套が風に翻る。
その裾を焦げた灰が掠めても、歩みは止まらない。
「……北の聖女だ。」
誰かの囁きが、静寂を裂く。
エリザベート・グランツ。
彼女は祭壇の前に立つと、祈りも呪文も唱えず、
ただ、空を仰いだ。
そして――走り出す。
崩れゆく柱の根元に身を投じ、
両腕で、それを受け止めた。
「体は、心を裏切らない。」
その声は、祈りよりも澄んでいた。
轟音の中でも、確かに届く。
腕が軋む。石が軋む。
だが、彼女はわずかに笑った。
「息を――整えて。」
彼女の言葉に応えるように、
地下牢の扉が破られる音が響く。
鎖を引きちぎり、ルーカスが姿を現した。
その背には、筋肉で裂けた衣。
「……殿下!」
アランが駆け寄る。
二人は言葉を交わさず、ただ同じ呼吸を合わせ、
共に柱へと手を添える。
「押せ!」
兵士たちが次々と集まり、瓦礫を支えに加わる。
誰も叫ばない。誰も祈らない。
ただ、息を揃え、体を使い、立つ。
――筋肉が、街を繋げていた。
光が差し込む。
崩壊していた天井の隙間から、
朝日がゆっくりと顔を出す。
灰の中で、誰かが呟いた。
「……奇跡だ。」
だが、エリザベートは首を横に振る。
その額に流れる汗が、光を反射する。
「いいえ。
これは奇跡ではありません。
これは――連帯の筋肉です。」
誰もが息を呑んだ。
そして、静かに、深く、呼吸を合わせた。
沈黙のうちに、
人々は悟る。
神が沈黙していたのではない。
人が、己の体の声を忘れていただけなのだ、と。




