第3場 王の焦燥
王宮の玉座の間には、重く張り詰めた空気が流れていた。
昼であるはずなのに、窓にかかる雲が光を遮り、
王の顔に落ちる影が――不穏な時代を象徴しているようだった。
「……アラン。」
父王の声は、冷たくも震えていた。
「異端の根を断て。」
「……異端、ですか。」
「民が祈りを忘れ、筋肉にすがる。そんな愚行を許せば、この国は崩れる!」
国王の拳が玉座の肘掛を叩く。
低い音が、石造りの間に響いた。
アランはゆっくりと息を吸う。
あの北の地で見た風景――
凍てついた雪原の中、静かに耕し、静かに呼吸する人々。
そして、沈黙の中に立つエリザベートの背中。
「……彼らは、愚かではありません。」
「なんだと?」
「彼らはただ、生きようとしているだけです。
飢えの中でも、倒れぬために……筋肉で立とうとしている。」
国王の眉間に深い皺が寄る。
「ならばお前が剣で裁け!」
「……!」
「その“筋肉”とやらを、正義の名のもとに断ち切れ!」
玉座の間に、しばし沈黙が訪れた。
蝋燭の火が、わずかに揺れる。
アランはゆっくりと顔を上げた。
その瞳はかつての迷いを脱ぎ捨てたように、静かに燃えていた。
「父上。」
「……もし神が沈黙しておられるのなら――」
アランは胸に手を当て、低く、しかし確かな声で続ける。
「人の筋肉こそが、その代弁ではないでしょうか。」
王の表情が凍る。
理解を超えた言葉に、怒りも呆れも湧かず、
ただ、深い沈黙だけが降りた。
アランは頭を下げ、背を向けた。
その背筋は、どこかあの“北の聖女”を思わせるほどにまっすぐだった。
そして、静かに呟く。
「……ルーカスを、見捨てるわけにはいかない。」
扉が閉まり、重い音が響く。
王の間に残されたのは、
怒りとも恐れともつかぬ、焦燥の呼吸音だけだった。
アランはその足で――教会の地下牢へと向かう。




