第3場 沈黙の空気
ざわめきが、やがて波紋のように広がった。
音楽は戻らない。
言葉も、礼儀も、王都のマナーさえ――この静寂の前では意味を失っていた。
マリアが一歩、前に出る。
白いドレスの裾が床をかすめる。
その手は、わずかに震えていた。
「エリザベート様……あなたは……怒っておられないのですか?」
まるで、罪を問うような声だった。
彼女の中では「当然、怒るものだ」という常識が崩壊していた。
けれど、エリザベートは微笑まなかった。
眉ひとつ動かさず、ただ呼吸を整え――
答える。
「怒りは、鍛えれば静まります。」
その瞬間、空気がひとつ収縮したように感じられた。
誰もが意味を理解できなかった。
だが、その“響き”だけが胸に残る。
それはまるで、精神の筋肉に触れるような言葉だった。
貴族たちが互いに顔を見合わせる。
誰かが空笑いを漏らす。
「……ほほ、なるほど……鍛えれば……ですか……?」
その笑いは、途中で止まった。
なぜなら――エリザベートの背筋が、あまりにも美しかったからだ。
ただまっすぐに立っているだけ。
なのに、その姿勢の完璧さが、
人々の身体に“正しさ”を思い出させてしまう。
貴族の一人が、そっと椅子の背にもたれていた腰を起こす。
隣の者も、それに倣う。
姿勢を正さずにはいられない。
それは伝染のように広がり、
ついには、王子でさえも無意識に立ち姿を整えていた。
誰も命じられていない。
誰も脅されていない。
けれど――場が、整列していく。
沈黙の支配。
その中心にいるエリザベートは、何もしていない。
ただ、姿勢を保っているだけだった。
そして、その静けさの中で、
燭台の火が揺れ、光が彼女の肩の線をなぞる。
それはまるで、
この国の“秩序”そのものが、彼女の姿勢に引き寄せられているかのようだった。




