第2場 民の覚醒
王都の朝は、いつになく重かった。
鐘の音が鳴り響いても、誰も口を開かない。
人々の間を、ひとつの噂が静かに駆け抜けていた。
――神官ルーカスが拘束された。
――理由は、「祈る前に鍛えた」からだ。
「……腕立てをしただけで罪になるのか?」
市場の男が呟く。
その隣の女が、籠を抱えたまま頷く。
「馬鹿げてる。あの人の言葉で、皆が冬を越せたのに。」
ざわめきは次第に広がり、怒号ではなく、静かな波となって街を満たしていった。
そして、広場の片隅。
ひとりの老婆がゆっくりと立ち上がった。
皺だらけの手を前に伸ばし、背筋を――真っ直ぐに。
「……静かに、息を整えましょう。」
その声は風よりも小さく、だが確かに届いた。
青年が彼女の隣に立ち、
次いで、子を抱いた母親が呼吸を合わせる。
やがて、兵士、商人、修道女――
次々と人々が立ち上がり、ひとつの“動き”を始めた。
誰も言葉を発しない。
ただ、ゆっくりと腕を上げ、肩を回し、呼吸を整える。
――まるで、街そのものが呼吸しているかのように。
教会の神官たちが慌てて駆け寄り、叫ぶ。
「やめなさい! これは異端の――」
だが、誰も答えなかった。
彼らの沈黙こそが、答えだった。
背筋を伸ばした民の列は、
いつしか広場を埋め尽くし、
遠く聖堂の尖塔にまで、波のように広がっていく。
その光景を見た老神官のひとりが、震える声で呟いた。
「……神より先に、人々が立ち上がっている……」
春の陽光が差し込み、沈黙の波がゆるやかに揺れる。
言葉の代わりに、呼吸と筋肉が、祈りとなっていた。
そしてその日――王都は、初めて“声なき革命”を見た。




