第7場 余韻:沈黙の教え
夜明け前、空は淡く金に染まり始めていた。
雪解けの村に、朝の冷気が静かに満ちる。
鐘の音がひとつ鳴る。
それが合図となり、村人たちは一斉に動き出した。
言葉はない。
ただ、規則正しい呼吸と、
土を踏みしめる音が広場に響く。
その中央に、エリザベートが立っていた。
姿勢はいつも通り、完璧な直線。
微かな風が彼女の髪を揺らし、
光が背筋のラインをなぞる。
「今日も、正しく在りましょう。」
それだけを言って、彼女は黙った。
短い言葉――けれど、その一言で
人々の動きに迷いが消えた。
アランとマリアは、館の前を出て、
馬車へと歩いていく。
誰も見送らない。
けれど背後から響く“鍛錬の音”が、
まるで祈りのように彼らの胸に残った。
マリアが小さく呟く。
「……あの方は、神に仕える人ではなく、
神を作る人なのかもしれません。」
アランは答えない。
ただ、一度だけ背筋を正し、
北の空に薄く笑みを浮かべた。
馬車の車輪が雪を踏みしめる音の中で――
広場の“沈黙の祈り”は、なおも続いていた。
アラン・モノローグ
馬車の中、アランは静かに目を閉じていた。
外では、朝の冷たい風がカーテンを揺らしている。
脳裏に浮かぶのは、あの光景。
沈黙の中、誰も声を上げず、ただ呼吸を合わせ、
生きることそのものを“祈り”に変えていた村人たち。
そして、その中心で微笑むエリザベートの姿。
――信仰は、誰かに委ねるものだと思っていた。
神に、教会に、形あるものにすがることだと。
だが、彼女は違った。
彼女は己の肉体をもって、神に触れていた。
痛みも、汗も、沈黙も。
そのすべてが、ひとつの祈りだった。
(もしかして――間違っていたのは、我々のほうなのかもしれない。)
小さく息を吐き、アランは手を握る。
それは祈りではなく、ただの無意識な動作。
けれど、その感触に、不思議な安らぎがあった。
「……呼吸か。」
呟いた声は、風に溶けて消えた。
馬車はゆっくりと、王都へ向かって走り出す。
その胸の奥に、まだ“沈黙の祈り”の響きが残っていた。




