第5場 マリアの揺らぎ
夜明け前の教会堂。
薄明の光が、静かな礼拝堂のステンドグラスを通り、
色とりどりの影を床に落としていた。
マリアはひとり、祈りの姿勢で膝をついていた。
唇がかすかに動く――けれど、言葉が続かない。
(神よ……どうして、何も……)
彼女の胸の奥にあるのは、焦りだった。
教会では「祈りこそ救い」と説いてきたはずなのに、
北の村で見たもの――
鍛え、立ち、笑う人々の姿が、
頭から離れない。
ふと、手を見る。
その指先には、鍬の跡が残っていた。
マリアは、静かに拳を握る。
指が、微かに震える。
「努力は……祈りなのね。」
言葉が漏れた瞬間、
彼女の胸の中で、何かが解けたように感じた。
翌朝。
村の中央、霜の残る広場で、
マリアは村人たちに混じって立っていた。
鐘の音が鳴る。
合図のように、人々が呼吸を合わせる。
エリザベートの声が響く。
「息を整えましょう――一、二。」
マリアも、見よう見まねで腕を上げる。
空気が肺に満ち、筋肉が伸びる。
そのたびに、胸の奥が熱くなっていく。
汗が頬を伝う。
けれど、それは涙よりもずっと軽い。
(……ああ、これは……)
祈りだった。
声を出さずとも、心が動く祈り。
エリザベートがふと彼女を見やる。
マリアは息を整えたまま、微笑みを返した。
その笑顔には、
かつて神に仕えた少女の面影よりも、
ひとりの“生きる者”としての光が宿っていた。




