第3場 視察と違和感
春の陽光が、まだ冷たい大地に柔らかく降り注いでいた。
アランとマリアは、エリザベートの案内で村を歩いていた。
小さな子どもが笑いながら薪を運び、
老人は背筋を伸ばして畑を耕している。
その動きに、だらけた怠惰さはない。
誰もが呼吸を合わせ、穏やかなリズムの中で生きていた。
アランはふと立ち止まる。
村は、決して豊かではない。
家々は古く、屋根の一部はまだ雪解け水で濡れている。
だが――そこに漂うのは、
“貧しさ”ではなく、“秩序”と“自信”だった。
「……これは、どういうことだ?」
アランが呟く。
エリザベートは、風を受けながら微笑む。
「鍛錬を日課にすることで、皆、朝に起き、夜に休む。
体を動かせば、食も進み、眠りも深くなる。
病も減りました。」
彼女の声は、静かで、確信に満ちていた。
マリアは手帳を開きながら、淡々と記録を取る。
「生活の改善……規則的な活動……」
そしてふと、筆が止まった。
広場の隅で、ひとりの母親が幼子の手を取り、
一緒に深呼吸をしている。
その姿は、どこか祈りにも似ていた。
マリアは呟く。
「これは……救いです。」
アランが彼女を見た。
マリアの瞳は揺れている。
「けれど……神の名を呼ばない救い。」
静寂が落ちた。
遠くで鳥の声がする。
村人たちは淡々と、次の鍛錬に移っている。
アランは答えられなかった。
その光景の中には、確かに“信仰”があった。
だが、それは教会の説く神の姿とはまるで違う。
人が神を頼らず、自らの肉体を信じている。
そしてそれが、誰も傷つけず、誰も飢えさせていない。
――もしこれが異端なら、
自分たちの“正しさ”とは、何なのだろう。
アランは拳を握りしめた。
その指先に、微かに力が入る。
風が吹き抜け、
エリザベートの髪が春の光を反射した。
彼女はただ静かに言う。
「人は、動くことで生きます。
それだけのことです。」
マリアは目を伏せ、
アランは言葉を失ったまま、ただその背中を見つめていた。
――その沈黙が、何より雄弁に語っていた。




