第2場 再会:静寂の村
雪解けの風が、北の地グランツ領を撫でていた。
大地はまだ冷たく、空には春の光が薄く差し込む。
アランとマリアが馬車を降りると、
村の中央広場で――奇妙な光景が目に飛び込んできた。
村人たちが一列に並び、
朝の鐘の音とともに、ゆっくりと身体を動かしている。
背筋を伸ばし、膝を折り、呼吸を整える。
誰も言葉を発しない。
ただ、風と雪解け水の音の中で、静寂だけが流れていた。
アランは眉をひそめ、低く呟く。
「……何をしている?」
近くの老人が、穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「祈っております。」
「いや、これは……鍛錬だろう。」
老人はわずかに首を傾げ、まるで当たり前のことのように言った。
「鍛錬は祈りです。」
アランの言葉が止まる。
目の前の人々は、決して苦しんでいるわけではない。
むしろその表情には、深い安らぎと誇りが宿っていた。
マリアは思わず息を呑んだ。
彼女の胸の奥で、何かがひび割れる音がした。
――これは、信仰だ。
だが、自分の知る“祈り”とはまるで違う。
誰も神の名を呼ばず、説教もなく、ただ己の肉体と向き合っている。
それなのに、なぜか眩しい。
「……生きている、祈り。」
彼女の口から、無意識に言葉がこぼれた。
そのとき――
朝の光を受け、ひとりの女性が現れた。
長い金の髪を後ろで束ね、
土の上にしっかりと足をつけて立つ姿。
その背筋は、まっすぐに天へと伸びていた。
エリザベート・フォン・グランツ。
かつて王都の社交界を震わせた“沈黙の令嬢”。
今は“筋肉の聖女”と呼ばれる、異端の象徴。
彼女は、変わらぬ穏やかな眼差しで二人を見つめた。
「ようこそ、王都の客人たち。」
その声は、雪解けの風のように柔らかく、
聞く者の心を静かに包み込む。
アランは息を呑んだ。
記憶の中の彼女よりも、
いま目の前にいるエリザベートは――はるかに強く、美しかった。
「……久しいな、エリザベート。」
彼の言葉に、彼女は微笑を浮かべて小さく頷いた。
「はい。けれど、この村では“お嬢様”ではなく、“仲間”と呼ばれております。」
マリアの瞳が揺れた。
それは、懐かしさと、嫉妬と、恐れの混ざった色だった。
風が静かに吹き抜ける。
その風の中、エリザベートの髪が揺れ、
遠くで鍛錬を終えた村人たちが、ひとりまたひとりと頭を下げる。
まるで女神に祈るように。
――彼女が、信仰になっていた。
アランの胸の奥で、
何かが静かに崩れ、
同時に、何かが芽吹く音がした。




