第4話:再会と対立 ―信仰か、筋肉か― 第1場 王命:北への派遣
王都グラシエルの王城、謁見の間。
高い天井には光を散らす大理石の柱が並び、
その中心で、国王レオネル三世の声が響いた。
「北の地に、“異端の祈り”が広まっておる。」
低く重いその声に、場の空気がわずかに揺れた。
玉座の前には、ひとりの青年とひとりの聖女が並んで立つ。
アラン・ド・グラシエル王子。
そして、教会が誇る若き聖女、マリア・リスティア。
二人の間には、見えない壁があった。
それは言葉ではなく――過去そのものの形をしている。
アランが短く息を吐き、王の言葉を確かめるように問う。
「……“筋肉”のことか。」
国王は険しい眉を寄せた。
「そうだ。北のグランツ領にて、民が祈りの代わりに身体を鍛えておると報告を受けた。
神の名を呼ばず、筋を伸ばし、沈黙のうちに跪く――。
……もはや信仰ではなく、異端の儀式だ。」
マリアは唇を噛み、目を伏せる。
「彼女が……まだ、そのようなことを。」
“彼女”――北の聖女、エリザベート。
かつてマリアが尊敬していた先輩修道女であり、
アランの婚約者でもあった。
そして今は、王国でもっとも奇妙な名で呼ばれている。
“筋肉の聖女”。
国王は重々しく玉座から立ち上がった。
「アラン・ド・グラシエル、そなたを監察官として派遣する。
教会の立場を保ちつつ、事実を見極めよ。
……そして、マリア・リスティア。」
マリアは静かに膝をつく。
「はい、陛下。」
「そなたは聖女代行として、神の教えを再びあの地に戻すのだ。
この件、王国と教会の未来が懸かっておる。」
二人は恭しく頭を下げる。
だが、互いの視線は一度も交わらなかった。
謁見の間を出たあと、
長い回廊の中で二人きりになる。
アランは無言のまま歩き、マリアもその背を見つめていた。
やがて、彼が低く言う。
「……君は、彼女をどう思っている?」
マリアは短く息を呑み、答えを探すように言葉を選ぶ。
「かつては、憧れていました。
今は……わかりません。
けれど、放ってはおけない。」
アランは立ち止まり、
窓の外の北空を見上げた。
そこには、雪を抱く雲が遠く、ゆっくりと流れている。
「俺もだ。」
その一言に、彼の胸の奥で何かが静かに疼いた。
“あの日”以来、押し殺していた感情――
後悔とも、敬意とも、名づけられぬ想いが。
マリアは彼の背中を見つめながら、小さく祈った。
それは神への祈りではなく、
これから向かう“彼女”への祈りだった。
――北の地へ。
再び、運命の三人が交わる旅が始まろうとしていた。




