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筋肉に祝福された悪役令嬢 -静かで狂った筋肉の世界-  作者: 南蛇井


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第2場 宣告:婚約破棄の言葉

音楽が止んだ。

楽団員の指が弦の上で固まり、

貴族たちの笑い声が、まるで凍結したように途切れる。

空気が薄くなる。

アラン王子が、ゆっくりと立ち上がった。

白金の髪が揺れ、その瞳がまっすぐにエリザベートを射抜く。

「エリザベート・フォン・グランツ。

君との婚約を、ここに破棄する。」

たったそれだけの言葉だった。

けれど、それが投げられた瞬間、

舞踏会という名の社交劇場は一瞬で静止した。

誰もが息を止めた。

音楽も、風すらも、彼女の反応を待っている。

エリザベートは――瞬きひとつ、しなかった。

その静止は、怒りでも悲しみでもない。

ただ、“姿勢”だった。

そして、微かに首を傾け、言葉を落とす。

「……承知いたしました。」

その声音は、息のように短く、

それでいて、空気の粒がひとつずつ整列するような澄明さを持っていた。

誰かが椅子を引こうとして、やめた。

誰かが息を吸って、止めた。

一拍の沈黙。

その間に、彼女は静かに動く。

エリザベートは椅子を両手で掴み――

まるで祈りでも捧げるかのような所作で、

丁寧に、元の位置へと戻した。

音は、わずかに「コトン」。

その小さな音が、

なぜか、会場全体の中心に落ちたように響いた。

誰も意味を理解できなかった。

だが、誰も目を逸らせなかった。

その動作の美しさと、力強さ。

まるで、重力そのものを統率しているかのようだった。

沈黙。

王子の喉が、ひとつ鳴った。

彼は、どうにか声を出す。

「なぜ……戻したのだ?」

彼女は目を伏せずに答える。

「秩序を、保つためです。」

その一言で、誰もが背筋を伸ばした。

まるで、無意識のうちに。

メイが口を覆う。

マリアが、胸に手を当てて立ち尽くす。

貴族たちは互いに目を見交わしたが、誰も声を出せなかった。

王子はわずかに後ずさる。

理解が追いつかない。

ただ、“何かを失った”という感覚だけが胸に残る。

その一方で、

彼女はもう何も言わなかった。

微動だにせず、ただ背筋を通したまま。

光が、彼女の肩に沿って滑り落ちる。

――その背中だけが、この世界の重力を正しく理解しているようだった。


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