第2場 教会の懸念
王都の中心、白大理石の尖塔がそびえる大聖堂。
昼の鐘が鳴り終えたあとも、堂内はどこかざわめいていた。
本来なら祈りの声だけが響くはずの空間に、
今日は、聞き慣れぬ“息遣い”が混じっている。
「……いち、に。いち、に。」
修道女たちが、祈りの前に膝を曲げ伸ばしているのだ。
信仰に見えなくもない、しかしどう見てもスクワット。
それを目にした若い神官が、慌てて上席神官ルーカスのもとへ駆け込んだ。
「ルーカス様! 信徒の間で、“筋肉による祈り”なる言葉が広まっております!
礼拝前に鍛錬を行う者まで……!」
ルーカスは机の上の聖典から目を上げた。
整った顔立ちに似合わぬ、長い沈黙。
やがて、静かに問い返す。
「鍛錬を……祈りの前に、か。」
「はっ。まったくの異端です! 聖堂を鍛錬場と勘違いしておる者まで!」
神官の声が高ぶる。だがルーカスは、表情ひとつ変えない。
彼は立ち上がり、ステンドグラス越しに差す光を見つめた。
そこに浮かぶ天使の姿は、確かに――見ようによっては、理想的な背筋をしている。
「……祈りとは、内なる緊張だ。」
神官たちが息を呑む。
「心を張り詰め、己を律し、沈黙の中で耐える。それが祈りだと、私は思う。
ならば――筋肉もまた、祈りの形ではないか?」
堂内に、しんと静寂が落ちた。
祭壇に灯る蝋燭の炎が、わずかに揺らぐ。
「ル、ルーカス様……?」
「見よ、あの者たちの顔を。」
振り返ると、鍛錬を終えた修道女たちが静かに手を合わせていた。
汗に濡れた頬は穏やかで、瞳には一片の曇りもない。
まるで、長い祈りを終えた信徒のようだった。
ルーカスは息をつき、聖典を閉じた。
「神は沈黙のうちに在る。
ならば、沈黙のうちに鍛える者もまた、神に近い。」
その声は低く、しかし確信に満ちていた。
だが、その瞬間から――
堂の奥で、別の神官たちが密やかに囁き始める。
「ルーカス様……異端では……?」
「沈黙の祈りだと……筋肉を崇める新教か……?」
聖堂の鐘が再び鳴る。
その音は荘厳に響きながらも、どこか――不穏だった。
王都の信仰が、静かに“形”を変え始めていた。




