第7場 終章:筋肉の聖女 ―春光の中で―
長い冬が終わった。
雪は溶け、氷の下から柔らかな土が顔を出す。
凍りついていた川が流れ、
村には久しぶりの鳥の声が戻ってきた。
グランツ領――。
かつて沈黙と飢えに覆われていたこの地に、
今は笑いと、汗の匂いが満ちている。
村人たちは夜明けとともに畑へ出て、
規則正しい動きで土を耕す。
その姿は、祈りの儀式のようだった。
「お嬢様のおかげで、みんな元気になりましたなぁ!」
少年のトマスが元気に走り寄り、笑う。
あの病弱だった顔に、もう青白さはない。
老人が空を見上げ、しみじみと呟く。
「あの方は……神より近い。筋肉を与える聖女だ。」
焚き火の火花が、風に乗って舞い上がる。
その光景を見ていたエリザベートは、
少しだけ目を細めた。
「聖女ではありません。」
「では……?」
「ただの、努力の信徒です。」
彼女はそう言うと、
そっと土の上に膝をつき、両の手を合わせた。
「今日も、正しく在りましょう。」
その言葉は、祈りではなく“誓い”のようだった。
吹き抜ける春風が、彼女の髪を揺らす。
周囲の村人たちも、自然と姿勢を正す。
誰も号令をかけていないのに、全員が同じ方向を向く。
朝の光の中、畑の列が整い、
まるで大地そのものが呼吸をしているようだった。
エリザベートの背筋が、太陽に照らされて伸びていく。
その線は――氷を割り、春を告げる剣のように、真っ直ぐだった。
“鍛錬は、生存の祈り。”
その思想は、北の地を超えて広まり、
やがて王都に届くことになる。
だが今はただ、
彼女と村の人々が、静かに春を迎えていた。
沈黙の背筋は、今日も揺らがない。




