第4場 信仰の転換 ―祈りは、鍬のかたちをしていた―
夜が、深く降りていた。
雪は静かに舞い、焚き火の橙色がそのひとひらひとひらを照らす。
村の中央、火を囲んで十数人の影があった。
老いた者も、若い者も、子を抱く母も。
皆、今日の労働で疲れきった顔をしていながら、
その表情にはどこか奇妙な穏やかさがあった。
焚き火の火が、パチ、と音を立てる。
「……お嬢様は、神官でもないのに、なぜ“祈り”を口にされるのか」
一人の男が、火を見つめながら呟いた。
沈黙が降りる。
その沈黙は、冷たくはなかった。
白髪の老人が、ゆっくりと首を上げた。
雪明かりが皺の刻まれた顔を照らす。
「きっと、“祈るために動く”のだろうよ。」
その言葉に、誰かが息を呑んだ。
火の光が揺らぎ、影が地面に踊る。
ひとりの若者が、胸の前で手を合わせた。
それは、いつもの祈りの仕草。
だが、彼はその手をそっと離し――
鍬を持つ形に変えた。
その姿を見た者たちが、
同じように手を掲げ、掌を握りしめる。
それは奇妙に統一された動作だった。
まるで、焚き火の炎に呼応するように、
ひとつの思想が形をとる瞬間。
そして、老人が低く呟く。
「鍛錬は、生存の祈りだ。」
その声は風に乗り、雪を渡り、家々へと届く。
翌朝。
太陽が昇るより早く、村に人々の動く音が響いた。
鍬を振る音、木を割る音、雪を払う音。
それらが、まるで鐘のようにリズムを刻む。
誰もが朝、まず身体を動かす。
それが“朝の礼拝”と呼ばれるようになるまで、時間はかからなかった。
人々は知らぬうちに、
“神に祈る”よりも先に、
“自らを動かす”ことを選んでいた。
エリザベートはその様子を館の窓から見下ろし、
ただ、静かに頷く。
「良い流れです。秩序が、筋肉に宿りました。」
雪明かりの中、
彼女の瞳だけが燃える焚き火よりも熱かった。




