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筋肉に祝福された悪役令嬢 -静かで狂った筋肉の世界-  作者: 南蛇井


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第一章:婚約破棄 ―沈黙の背筋― 第1場 開幕:舞踏会の静寂

王都アルメリアの王城は、光に沈んでいた。

千の燭台が天井から吊るされ、金糸の絨毯が床を覆い、

貴族たちの笑い声が、きらびやかな音楽の上を滑っていく。

舞踏会。

――それは、権力と虚飾が最も美しく舞う夜。

その中心に、ひとりの少女がいた。

エリザベート・フォン・グランツ。

氷の悪役令嬢。

彼女は王子の隣で、完璧な姿勢のまま立っていた。

視線はまっすぐ正面。

表情には何の感情も浮かんでいない。

ただ、背筋だけが真実を語っていた。

「また筋張った肩ね……」

「あれじゃあ、ドレスがかわいそうだわ」

囁く声が、花の香りに混じって漂う。

だが、彼女の呼吸は一つも乱れない。

心臓の鼓動すら、規則正しく――まるで訓練された兵士のそれ。

彼女の立ち姿は、

この華美な世界においてあまりにも“異質”だった。

背筋が、まるで剣のように伸びていた。

その線だけが、王城の虚飾を拒んでいた。

「エリザベート様は、今日もお美しいですわね」

隣で控えていた侍女メイが、小さく囁く。

その声にも、エリザベートは表情を変えず、淡々と答える。

「美とは、重力に抗う筋肉の意志です。」

「……はい?」

侍女は一瞬で理解を放棄し、姿勢を正した。

彼女の周囲だけ、なぜか空気が静まり返る。

遠くで笑い声が弾けても、

エリザベートの足元には波紋ひとつ立たない。

王子アランはその隣で、

彼女の沈黙に言いようのない息苦しさを覚えていた。

夜会の中心で、彼女だけが微動だにせず、

まるで――沈黙そのものが形を持ったような存在だった。

(……どうして、こんなに緊張するんだろう。)

アランはワインを口に運ぶ。

だが、彼女の背筋が視界の端に入るたび、喉が渇く。

「アラン様?」と、聖女候補のマリアが隣で微笑んだ。

花のように柔らかな笑み。

その穏やかさと、隣の氷の令嬢との対比が、痛いほど鮮やかだった。

そのとき――

弦楽の音が一瞬途切れた。

王子はグラスを置き、深く息を吸う。

場の空気が静まり返る。

「エリザベート・フォン・グランツ」

彼女の名が呼ばれる。

会場中の視線が集まる。

だが、彼女は瞬きすらしない。

王子は、わずかに震える声で続けた。

「……君との婚約を、ここに破棄する。」

音楽が止まり、燭台の光がかすかに揺れた。

誰かの息を呑む音が、やけに大きく響く。

エリザベートは、ただ一度まぶたを下ろし、

そして小さく頷いた。

「……承知いたしました。」

その声は、湖面の波紋のように静かだった。

次の瞬間、

彼女は椅子を両手で持ち上げ、何のためらいもなく――

元の位置に、正確に戻した。

会場が、息をすることを忘れた。

椅子の脚が床に触れる音が、

鐘のように響く。

王子は言葉を失い、視線を逸らした。

マリアはなぜか、涙を流していた。

背筋の線だけが、

この華やかな夜の中で、まっすぐに伸びていた。

――“筋肉による改革”の始まりを、

このとき、誰も理解していなかった。

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