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1-4 異香の彼女

日曜日。僕は約束の時間に、学校近くのファストフード店の入口へ到着した。

ちょうど正面から沈辰澤シェン・チェンザーが歩いてくるところに鉢合わせた。


彼はどこか疲れていて、オイル切れのロボットみたいな足取りだ。肩は少し落ち、今にもバラバラになりそう。暑さのせいか、それとも地獄の特訓明けか?


「やあ、オーシン。」

全身の力を振り絞るみたいに、彼は細い右手を震わせて上げた。


僕は一瞬、固まった。


「あ……ど、どうも、チン……沈辰澤。」

……名前呼ぶの、僕、流暢すぎない? 学校で会話、二言くらいしかしてないのに。


心のツッコミが聞こえたのか、彼は無垢な笑みで説明した。

「はは……もし誤解させたならごめん。たぶん、君の性格が好きで、勝手に『友だち』扱いしちゃってたのかも。」


「い、いや……その、僕は……」言葉が出てこない。


「本当に君と友だちになりたい。でも、名前で呼ばれるのが嫌なら言って。迷惑はかけたくない。……僕、これからも君の名前、呼んでいい?」


その無垢スマイル、反則。ほかの女子が落ちる理由、今ならよくわかる。

でも今の彼、脇役男子まで攻略する気満々で、僕の頭は混乱中。


「い、いいよ! 名前で呼んで!」僕は折れた。ダメな男だ。


「よかった……じゃあ、君も僕のこと名前で呼んで?」彼は首をかしげて微笑む。「オーシン。」


「わかった、辰澤。」

三秒前、僕の左前頭葉と運動皮質は、体内の「社交緊急対策委員会」に丸投げされた。

あの脳細胞たちは、僕の承認なしに怪しい合意を即時可決する。リスク高いから普段はやらないんだけど。


僕らは二階へ上がり、ほかのメンバーを探す。


「辰澤、オーシン。」

葉子薰イエ・ズーシンが立ち上がって、元気よく手を振った。もうほとんど揃っているようだ。


彼女は席をずらして沈辰澤を内側に案内する。

一方、僕の列の徐亞鈞シュー・ヤージュンは、どうやら席を譲る気配がない。


見えてないだけ? 見えてないよね? わざと無視じゃないよね?


ていうか彼女、今日も相変わらず陰のオーラが濃い。カジュアル服でもオーラが勝つって本当なんだな。


「ぼ、僕、先に下で注文してくるよ。何食べる?」

座れない気まずさを誤魔化すため、ウエイターぶって注文取りを買って出る。


「一人足りなくない?」と葉子薰。きょろきょろと見回す。


千柚チエンヨウが、今日練習試合を忘れてたって。来られないらしい。」

沈辰澤はバッグを椅子の背に掛ける。「聞いてない?」


皆の表情からして、誰も知らなかったようだ。


「運動系」こと林千柚は、クラス随一の体力自慢にしてバドミントン部の新星。放課後も休日も練習尽くし――僕とは真逆の人種。


「オーシン、僕は4番セットで、ドリンクはコーラ。お願い。」

気まずさを察して、彼はすぐ本題へ。


「4番、コーラ。」

スマホのメモに打ち込み、「沈」と付記。


「牛肉、味は厚く脂は芳し。フライドチキン、酥脆にして熱烈……」

「わ、私も4番で。飲み物もコーラ……」


「了解。」沈の下に「徐」を追記。


「亞鈞、よく来るの? まだメニュー見てないよね?」と葉子薰。

「数字を見たり聞いたりすると、中身を思い出せるの……前に何回か来たから。」


沈辰澤がメニューを葉子薰に渡そうとしたが、彼女はふと最端の郭慈軒グオ・ツーシュエンに目をやる。


「慈軒、メニュー見える? 先にどうぞ?」


「不要。さっき目に入ったわ。6番セットで、サイドはサラダに変更。サウザンは抜き。飲み物はホットのブラックコーヒー。」

沈辰澤がいても、彼女の不機嫌は隠れない。特に葉子薰への敵意は露骨。


身分を誇示するみたいに、淡い紫の凝ったワンピース。裾にはレースとリボンが幾重にも重なり、移動式のレースケーキみたい。まだ暑さの残る季節の装いじゃないよ、それ。


お嬢様な彼女の放課後の趣味は雑誌の乱読。エンタメ、ファッション、美容、レジャー、ついでに経済まで、拒まず全部。

今も店のファッション誌を開いていて、勉強会の自覚ゼロ……


ちなみに、ファストフードで勉強会をやろうと言い出したのも彼女。「庶民の味」を体験したいらしい。さすがはお嬢様。もしかして奢ってくれたりして?


「牛肉円餅、腹を満たす選。炸鶏佳肴、香れども脂こく非ず……ああ、左右とも我の欲するところ、しかし二者択一とは無情なり。」


「君は? 何にする?」


「一緒に行くよ。こんなに頼んだら、君一人じゃ持ちきれないでしょ。」

僕が階段へ向かうと、葉子薰はすぐショルダーバッグを肩にかけて立ち上がる。


普通の男子ならここで恋に落ちるのだろう。

でも僕は自覚のある脇役。

「もしかして僕のこと……?」系の勘違いは、だいたい幻想の産物だ。


「じゃ、みんな注文決まったし、行こっか。」

メニューを閉じようとした瞬間、温苡蓉ウェン・イーロンに手を押さえられる。

非難のまなざし、ちょっと拗ねた声。「まだ決めてない。わざとでしょ?」


「いや、見すぎでは?」


「この大事、博打に付すべからず。」


「はいはい、ごゆっくり。」


僕が手を離そうとした刹那、彼女はすっと腰を戻し、淡々と告げた。

「9番セット、ドリンクはコーラ。単品でビーフチーズバーガーを一つ。」


……悩みに悩んで、ぜんぶ乗せ。


僕と葉子薰は並んで階段を降りる。つい、彼女の服装に目が行った。


白いUVパーカーに、内側はシンプルなアーモンド色のTシャツ。裾はラフに淡褐色のハイウエストショートパンツへ。

体に合うけどピタピタすぎない。軽やかな雰囲気。


学校では彼女のことを意識しないのに、手の届く距離にいると何か引っかかる。

――何が、どう、引っかかる? 見当がつかない。


恋の甘酸っぱさじゃない。もっと、奇妙な方向の「違和感」。


注文を終え、カウンター前で受け取りを待っていると、なぜか僕の方から口を開いた。

「君、頭がいいね。」


「……え? どういう意味?」

不意の評価に呼吸を詰まらせたのか、彼女は言葉を失う。僕も言い切っていなかったと気づく。


「ごめん。つまり、君くらい賢いなら、もし沈辰澤と距離を縮めたいのに、どうして彼女たちも呼んで勉強会を? 彼女たちも、沈辰澤が好きなんだろ?」


――ライバル同卓。そんな自殺的社交、メリットが見えない。

よほど自信があって、今日ここで『適任は私だけ』を証明するつもり……?

いや、彼女はそこまで傲慢じゃない。


「なるほど。あなたは私をそう見るのね?」

茫然から含み笑いへ、二秒。


「間違ってたなら謝るよ。」

(間違ってない自信はあるけど。)


「ふふ~~間違いとは言い切れないかな。」

右肘を左手に軽く乗せ、曲げた人差し指を薄い唇に当てる。


――なんか、弱みを握られた気がする。聞かなきゃよかった。


「でもね、徐亞鈞の好きな人は『たぶん』辰澤じゃない。」


「どうして?」

僕は信じない。普段のあの、沈辰澤に向けるとろける視線を見たことがないのか? 二人きりになったら飛びつきそうな勢いだぞ。


「徐亞鈞って、学校では時々いい匂いがする。でも今日はしない。」


「僕も嗅いだことはある。しかも香りがよく変わる。……でも、それが何?」

香水の話では? 彼女が言いたいことが分からない。


「香りそのものは本質じゃないの。」

葉子薰はカウンター上の番号表示を一瞥。まだ順番は先のようだ。

「女の子は好きな人の前で、良い面を見せようとする。もし学校で香りを整えるなら――なぜ今日はしないの?」


「この勉強会には、彼女の『好きな人』がいないから?」

食い気味に答える。


彼女の表情が語る――「そう、それ!」


……言われてみれば、たしかに断言はできなくなった。

教室みたいに遠い席でさえ香りを纏うのに、至近距離の勉強会で何もしないのは不自然だ。


「オーシン、ひとつ頼みがあるの。」


胸の奥で、嫌な予感が鈴を鳴らす。


「な、なに?」


「徐亞鈞が好きな相手――誰なのか知りたい。」

笑っていない。彼女は本気だ。


「は? なんで。」


「転校初日から、あなたはただ者じゃないと思ってた。」

(購買に行くって当てた、あの件か。いや、あれは誰でも……)


「違うよ。なんで徐亞鈞の『好き』が誰か、そこが知りたいの?」


「ん~そこはね、あなたには分からないかも。」

唇の端を上げ、得意げに言う。「彼を知り己を知れば、百戦して危うからず、でしょ。」


「彼女の想い人がほかなら、君の勝率が上がる。沈辰澤なら――『処理』する、と。」


「人は処理しないよ。犯罪だから。」


もし法に罰がなければ、徐亞鈞の生命線は危ういところだ。


「意図は理解した。でも、悪いけど断る。」


彼女は驚きはしない。ただ、理由を確かめる。

「あなたにメリットがないから?」


「それもあるけど……」と言いかけた時、彼女が身を寄せ、真剣な目で問う。

「あの日ずっと不思議だった。どうしてあなた、善意で朝ごはんをくれたのに、『誰にも言わないで』なんて念押ししたの? 誤解? 何を恐れてるの?」


言いづらい。すぐには答えられない。


「あなた、臆病で人見知りってタイプにも見えない。ただ、意図的に人との接触を避けてるように見える。それが気になって。」


座席配置のおかげで、観察が鋭い。ずるい。


ここまで言うなら、一人だけに打ち明けてもいいか――彼女も目的を明かしたし。


「実は、僕は……」


口にして、即後悔。

「いや、違う。特別な理由はない。ただ、他人と近すぎる距離が苦手なだけ。」


彼女が何か言いかけたところで、カウンターから呼び出し音――僕らの番号だ。

話題はそこで、強制終了となった。

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