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4-5 匿名ラブレター(前編)

 個十百千柚:そろそろ場所を決めよー!


 個十百千柚:誰の家でやる?


 亞鈞:お店に行くんじゃなかったっけ?


 亞鈞:あ、ごめん……たぶんこの前ちゃんと聞いてなかった。


 Cicilia Guo:今回が最初の打合せだから、「この前」は存在しないよ。


 亞鈞:すみません!


 Cicilia Guo:なんで謝るの……。


 個十百千柚:はは、そうそう! これが初回だよ


 個十百千柚:残りの三人はどう思う?


 個十百千柚:@溫苡蓉 @葉子薰( ´ ▽ ` )ノ  @李臭辛


 Cicilia Guo:字を間違えてるよ、それじゃメンション飛ばない。


 個十百千柚:@李奧辛


 :わざとだろ? タイプミスのレベルじゃないぞ


 :急に思い出したけど、その日は用事で参加できない。みんなで楽しんで


【李奧辛がグループを退出しました。】


 林千柚がこっそり作った「沈辰澤に内緒の誕生日大会」グループは、夜の九時から絶え間なく通知を投げつけてきて、危うくスマホが机から震え落ちるところだった。


 ここは連中から距離を取る好機だ。誘いを断り続ければ、そのうち声も掛からなくなる。


 いちいち葉子薰みたいに説明しなくても、安全に離脱できる。ありがたい。


 ちょうどスマホをしまって、図書館で借りた本を開こうとした時、またぶるっと震えた。


 頼む、またグループに戻されたとかじゃないでくれ。


 葉子薰( ´ ▽ ` )ノ :本当に誕生日会、来ないの?


 彼女からの個チャを未読のまま、機内モードに切り替えて布団にもぐり、本を読み始めた。


 俺の態度がまだ甘いから、彼女は話しかけてくるのだ。これからは気をつけないと。


 翌日の二限後、葉子薰はまた話しかけてきた。


「今日の国語の小テスト、合格の自信ある? 今回ちょっと難しくて、私でも不安で」


 三限後も。


「さっきの数学の公式、写した? ぼーっとしてて……見せてもらっていい?」


 午後二限後ですら。


「むしょうに飲み物が飲みたくなっちゃって。君も飲む? ついでに買ってこよっか? バナナロングライフミルク、いる?」


 ……


 あれだけ距離を置けって言ったのに。なぜ通じない?


 こんなふうに俺にまとわりついても、彼女の価値が落ちるだけだ。沈辰澤を狙うなら、むしろ逆効果だろ。何の得がある?


 俺は――どんな心持ちで彼女に向き合えばいい?


 チャイムが鳴り、皆が席に戻る。


「ん? 誰か校務で席外し?」


 チャイムから二分、教室へ入ってきた地理の先生が言った。彼は入室早々、沈辰澤の号令を止める。雑務が嫌いなのだ。


「先生、今日は校務はありません」クラス委員の沈辰澤が即答する。が、先生がそう問うた理由にも気づいた。


 俺の後ろの席が空だ。


「トイレじゃない?」と林千柚。


 遅刻自体は珍しくもない。大抵はすぐ戻る。先生も気にせずマイクを手に取り、授業の準備を始める。


「では、前回の続き三十八ページを――」


「――そして地質断面には、断層と褶曲の明瞭な痕跡を残す」


 覇気のない低い声が教室に反響する。だが、その安定した声が、逆に俺の内側をざわつかせる。ペンを握る手に力が入り、意識がほどけていく。


 堪えきれず、手を挙げた。「先生、トイレ行ってきます」


「行け」半眼で俺を一瞥し、先生は読経のように授業を続ける。


 後ろの扉から出て、廊下に人がいないのを素早く確かめ、俺は“こっそり”トイレへ向かった。


 なぜ“こっそり”か?


 女子トイレだからだ。


 断っておくが、首だけ突っ込んだ。足は一歩も踏み入れていない。


「えーっと……葉子薰、いるなら声出して。先生、心配してたから……俺はついでにトイレに来ただけ。生存確認、な」


 言えば言うほど怪しい。返事がないせいで、独り言が余計に痛い。


 ……いないなら、どこだ?


 購買部か?


 『むしょうに飲み物が飲みたい。君も飲む? ついでに買う? バナナロングライフミルク、いる?』


 ――専門棟だ!


 そう思った時には、もう二階へ駆け上がっていた。


 バナナロングライフミルクのある唯一の自販機の前――誰もいない。今このフロアは授業がなく、鳥の声が聞こえるほど静かだ。


 焦りがこみ上げる。だが焦っても無駄だ。記憶を洗う。彼女はどこへ行くと言っていたか。


 そうだ。俺は彼女を無視してきた。気取って“孤高”を装い、他人のふりをした。


 何様だ、俺は。


 壁を拳で殴る。想像以上に痛い。


 痛みのおかげで、ようやく冷静に最近の出来事を並べ直す。


 陳さんの所へ行った日、タクシーでセンターへ戻って、そのまま解散。月曜、教室は匿名の手紙でお祭り。葉子薰は英語ディベートの大会、トロフィーを持って帰還。沈辰澤たちは、差出人(=葉子薰?)を疑って――


 待て。


 『……葉子薰?』


 彼らは“可能性はある”と言った。だが俺が何気なく彼女の名を口にした瞬間、驚いた顔がいくつもこちらを向いた。


 だとすれば、夏欣柔のあの視線は――


 うつむいたまま廊下を歩いていると、床に濡れた足跡が幾つかあるのに気づいた。


 今日は雨じゃない。清掃の時間でもない。なのに、なぜ濡れた足跡が?


 辿っていくと、一階へ。外は芝生で、追跡はここで途切れる。


 濡れた靴で、奴らはどこへ?


 この棟から教室棟まで、芝と木だけ。足跡の主はもう見えない。


 その中に、葉子薰は含まれるのか?


 違う。方向が逆だ。


 嫌な予感が背骨を氷の手で撫で上げる。俺は再び二階へ戻り、足跡の“反対方向”――発生源へ向かう。濡れ跡は濃くなり、起点は前方の女子トイレだった。


 今度は迷わず踏み込む。つま先が跳ねた水がズボンの裾を濡らす。モップで取っ手を突っ張っている扉を外すと、滴る音が床を打った。


 そして、止まった呼吸。


「葉――」


 便座に腰を下ろし、こちらを仰ぐ彼女。薄い唇がわずかに開き、光の抜けた瞳に感情はない。


 濡れている、では足りない。まるで全身を水に沈められたみたいに。束になった髪先から水がこぼれ、静寂を砕く滴が、革靴の周りに大小の輪紋を作る。


 それだけじゃない。尿と土の匂いがする。


 それでも俺は、意外なほど理性を保っていた。


 彼女が“強いから”“冷静だから”そんな顔をしているのではない――それは分かる。


 このままでは風邪を引く。俺は自分の制服シャツを脱いで肩に掛け、せめてもの遮蔽にして、そっと手を引き、トイレを出た。


 今は授業中。廊下を歩く人影は少ない。だが誰かが近くにいれば、彼女の頭を下げさせ、顔を見られぬようにした。


「どこか痛む? 具合、悪くないか?」ずっと彼女の顔を見ていられない。だから口で確かめる。


 だが、さっきの俺と同じように、彼女も何も返さない。視線も、俺には向かない。


 とにかく保健室へ。汚れるのも叱られるのも構わず、毛布でくるむ。黄先生に問われ、俺は見たままを伝えた。


 ほどなく、黒いセダンが校内に入ってきた。


 葉子薰は、母親に連れられて帰った――


 もちろん俺が直接見たわけじゃない。黄先生からそう聞かされたのだ。

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