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3-4 心のイリュージョニスト

「おい! なんで昨日、私のメッセージに返事しなかったの?」




 音楽室から戻る途中、郭慈軒が人目を盗んで僕をトイレ脇へ引っぱった。問いただす、というより取り調べ。




 運悪く、呂彥凱と陳宏寬に、連行される瞬間を見られた。あとで説明が待ってると思うと、今すぐ消えたい。




「葉子薫から聞いてない?」僕はおとなしいモードに切り替え、これ以上怒らせないよう努める。




「何をよ?」




 無理もない。何も伝わってなければ、彼女が不安になるのは当然だ。




 僕は落ち着いて、葉子薫に話した内容をそのまま伝えた。彼女は途中、額にしわがめり込む勢いで何度も眉根を寄せたが、最後まで聞くと、いくらか肩の力が抜けたようだった。




「……わ、分かった。言ってることは正しいわ。でも、それを全部、葉子薫に話したのはムカつく。」

 その“怒った顔”がわりと可愛い。鏡はトイレにしかないけど、見せてあげたい。




「謝る時に、ちゃんと本当のことも言う――それが“誠意”ってやつでしょ。」




「そのうち絶対シメるから……」




 うん、信じる。握りしめた拳に青筋まで立ってる。今は彼女が正義、何を言われても頷くしかない。




 葉子薫の“知己知彼”のため、ついでに聞いてみる。




「どうして沈辰澤のこと、好きになったの?」




 郭慈軒の目が見開かれる。タブー質問でもしたみたいに。




 僕は両手を上げ、いきなり殴りかかられるのを牽制。「分かった、言いたくないならいい。」




「たしか……二日目の登校かな。」




 おお、話してくれるのか。




「購買部に飲み物を買いに行く途中で、財布を落としちゃって、その中の五十元硬貨が側溝に転がり込んだの。たまたま近くにいた辰澤が拾おうとしてくれて。でも私は『いいわ、穴が小さすぎて無理』って言ったの。そしたら彼、教室に戻って割り箸を二本テープで束ねて、先にガムをくっつけて、休み時間ぜんぶ使って、ついに硬貨を取り出してくれた。私は『五十元なんていらない』って言ったのに、彼は『金額の問題じゃない。ただ助けたかっただけ』って。あの時、私……」




 罪深い男だ。




「言いふらしたら殺すから!」

 捨て台詞を残して、彼女は足早に去った。




 ――なら、言わなきゃいいのに。




 チャイムが鳴って、彼女が急いだ理由が分かった。目立つ遅刻は嫌だし、しかもこの次は担任の戴安ダイ・アンの授業。捕まったら何をされるか分からない。想像したくもない。




 小走りで戻る途中、職員室の隣室から女の激しい声と、本が床に落ちるような音がした。




 ケンカ?




 顔を上げると、音の正体は二人入ればいっぱいの小さな資料室。普段は誰も入らないし、中の資料が何かも知らない。




 なのに、今は誰かがいて、しかも大騒ぎ? 中は見えない。見えたら、好奇心が用心を一、二秒だけ上回るところだが――




 何も聞かなかったふりで、全速力で教室へ退避。




 幸い、戴安はまだ来ていない。遅刻はバレずに済んだ。




 今日も無事に過ごせそうだ。




 ――と思った矢先、呂彥凱と陳宏寬が小声の取り調べを開始。




「最近こっそり“独身同盟”を抜けようとしてない? 女子と絡みすぎ!」

 呂彥凱のぶっとい腕が僕の肩を掴む。圧がすごい。




 いや、仲良くないし。むしろ君らのほうが友だちだろ……今ここで「愛してるぜ」はさすがに不適切だが。




「そうそう。休みにこっそり集まって出かけてたろ? で、さっき郭慈軒と何の話? まさか告白?」




 全部誤解。というか、彼女は“話した”というより“脅した”に近いから。




 僕は手を振って嘆息。「あの子たちが僕みたいな“脇役”を好きになるわけない。僕の役目は、彼女らと“主人公”の関係を前に進める駒――いわば捨て石。」




 納得させるため、彼らの視線の先にいる女子たちを指さし、説明を始める。




「郭慈軒は他人に塩対応なのに、沈辰澤にはツンデレを見せる。林千柚は彼と話す時、隠せない嬉しさがダダ漏れ。恋の酸っぱ甘い匂い、見てるだけで分かる。机の脇には隣クラスの夏欣柔の弁当袋。どこの幼なじみが、毎朝早起きして弁当作って、昼に温め直して教室まで届けるんだ? それに、一番後ろの徐亞鈞も、毎日ずっと沈――」




 あっ。葉子薫が僕の後ろだったのを忘れてた。三人で同時に振り向いたら、彼女の冷え冷えとした視線と正面衝突。言葉が凍る。




「で、私は? 私は辰澤をどう見てるの?」




 顔は笑って、目も笑ってる。でも、怖い。僕らは一斉に正面に向き直り、二人は自席へ逃走。




 ああ、死にたい。




 もし部分的に記憶を失う魔法があるなら――そう妄想した瞬間、教室のドアが開き、希望の人物が現れた。




 メンタリスト!




 動画で見たあの人が、戴安の後ろに。黒いフラットキャップにサングラス、大小さまざまな機材バッグを提げている。




 本物だ……。




 ざわつく中、戴安が壇上へ。マイクを取り、「このコマは、業界の方をお呼びして人生設計について講演してもらいます」と発表。隣の派手な女に手を向けて、やる気なさげに紹介する。「聞いたことある人もいるだろうけど、ないなら別に。彼女は自称メンタリストのシェニーで――」

 シェニーは即座に遮る。




「“ないなら別に”はないでしょ? それに自称じゃなくて、本物のメンタリストです!」

 死んだ魚の目で紹介されたのが許せないのか、ずかずか前へ出て戴安に噛みつく。声はマイクを通して教室じゅうに拡散、全員を強制視聴者に。




 言い合いの最中、シェニーは戴安の手からマイクをひったくり、チョークで黒板に自分のチャンネル名を書いた――「あなたのメンタリスト・シェニー」。




 口を開きかけ、ふと動きを止めると、ドア脇のバッグへ走り、何かをポケットに入れてから壇に戻る。

「みなさん、こんにちは~。あなたのメンタリスト、シェニーです! 今日は不思議な“メンタリズム”をお見せしますよ~!」

 名乗りと同時に、ポケットの中身をばら撒く。教室に紙片が舞った。




 いきなり何かをかけられて、生徒たちは一様に怯え顔。




 後ろに下がった戴安の心は、灰。




 何枚かが僕の机にも落ちた。拾うとシェニーの名刺。半分が自撮り写真。栞にするのもためらわれる。後で捨てよう。




「私のこと、聞いたことある人~? 右手、挙げて!」

 声量、隣の隣のクラスまで届くレベル。




 僕は――葉子薫に無理やり見せられた口だが――視聴済みなので手を挙げる。葉子薫も。……林千柚と徐亞鈞も。




 四人だけだと不満だったのか、もう一回。「恥ずかしがらないで~、知ってる人、手~あげて~」




 やっぱり四人。




「そっか……四人だけかぁ。」

 マイクを持ったまま落胆するから、教室じゅうにため息が響く。




 後方の戴安がせかす。「急いで。コマは一つだけ。」




「は、はい! では本日のテーマを――あああっ!」

 シェニーはマイクを講台に放り、再びドア脇へ。「機材、まだ設置してない!」




 床には三脚と、二灯の補助ライト。どうやらこの講演を撮影し、教材動画にする腹づもりらしい。




 登録者は多く見えても、収益化は別ゲーム――だよね。




「わあっ!」

 シェニーは絡まったケーブルに引っかかり、その場で三度ジャンプ。




 もう、彼女のメンタリズムに期待していない。みんなも、たぶん。




「よかったら、手伝います。」




 いつの間にか、沈辰澤が横に立っていて、ライトをコンセントにつなぎ、講台横に配置する。




「ライトは、もう少し離して――」

 シェニーが位置を直そうとして、別のケーブルに足を取られる。




 宙で半回転した瞬間、沈辰澤が即座にキャッチ。彼の手が彼女の腰を支える――ドラマの一時停止みたいな構図。




 転んだ勢いでサングラスもふっ飛び、澄んだ瞳と上気した頬が露わに。




 年下の男子の前で、大人の彼女が小動物みたいに見える。




 ――学園ラブコメの主人公、校外ゲストすら落としていくのか。




「大丈夫?」

 彼の瞳はきらきら、少女マンガの王子様。




「だ、だいじょうぶ……」




 この光景に平静を失ったのか、葉子薫と林千柚も手伝いに加わり、カメラとライトの設営は瞬く間に完了。




 ただ、一本のライトが不調で、数十秒おきに一瞬チカッとする。シェニーは気にしていない。実害は小さいだろう。




 彼女はバッグのそばへ戻ったが、今度は何も取り出さない。




「本当に時間がないからね。」

 戴安に促され、「やばっ」という顔でマイクを取り、壇へ。




 さっきまでの芝居がかった様子と変わり、今度は静かに教室を一巡してから、口を開く。

「このような機会をいただけて、とても嬉しいです。」




 微笑み、先ほどの大仰さを引っ込め、誠実で強い口調に変わる。

「とくに、皆さんみたいな若い世代に、どうしても伝えたいことがある。」




 空気が変わった。小さなざわめきが止む。




「私ね、高校をちゃんと終えなかったし、すぐ働いたわけでもなくて、毎日、食べて寝てゲームして……みたいな日々を送ってたんだ。夢みたいって思う人もいるよね。実際、当時の私もそう思ってた。でも、ある時『これは違う』って気づいた。ゾンビみたいに生きるのは嫌だった。人生の目標と、何か成し遂げたって実感が、欲しかった。」




 録画が始まると、動画で見たような大袈裟な演技はない。群衆の前で緊張――というより、何かを探すような眼差し。




「機材なんて最初はなかった。画質の悪いスマホ一台で、創作の道を始めたの……」




 その後の二十数分、何も持たないところから、人の背中を押せる立場になるまでの話。時々ふっと固まり、また話し出す。ところどころにチャンネルの映像を挟み――葉子薫が僕に見せた、あの動画も。




「今日の講座はここまで。貴重な一コマを貸してくれた、親友の“戴美麗ダイ・メイリー”に感謝!」




「「「「「えええええっ!?」」」」」




 全員が驚いたのは、シェニーと戴安が同級生だったからか、それとも“戴美麗”という名前そのものか。




「わ、私、もうその名前じゃないから!」

 戴安はシェニーの襟首をつかみ、壇から放り投げそうな勢い。




 もし僕の名が“李イケメン”だったら、そりゃ改名を急ぐ。




「とにかく、さっき言った“LIFE法則”、絶対忘れないで! 人生、見違えるから!」

 言い終えると同時にチャイム。片付けを終えた二人は、言い争いながら去っていく。




「LIFE法則? なにそれ?」




 一瞬、自分の心の声が漏れたのかと思ったが、周りの会話だった。




 そう勘違いしたのは、僕も同じ疑問を抱いていたから。




 背中をトンとつつかれる。




「オーシン、LIFE法則って何?」

 葉子薫も同じ質問。




「知らないけど?」正直に答える。




 途中、ちょっと上の空だったけど、少なくとも“LIFE法則”なんて言ってなかった気がする。




 だが林千柚の一言が、その思い込みを揺さぶる。




「私、たしかに聞いたよ。LIFE法則。」




 人と話すのも怖い徐亞鈞まで、助け船のように小さくつぶやく。「わ、私も……聞いた。でも……中身、忘れちゃった。」




「へへ、私、こっそりお菓子食べてて聞いてなかった~。」

 林千柚は笑いで白い目をごまかす。




 林千柚のポンコツはともかく、人と話すのが怖い徐亞鈞が、わざわざ嘘をつく理由はない。




 もしシェニーが本当に言っていたのだとしたら、これは一体――




 クラス全員で集団健忘?

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