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3-2 心のイリュージョニスト

 国文小テスト救済グループ:未読メッセージ五件。

 葉子薰( ´ ▽ ` )ノ :早く入れて!

 温苡蓉:早く入れて!

 個十百千柚:早く入れて!

 亞鈞:早く入れて!

 澤:早く入れて!


「はぁ?」

 寝ぼけ眼のまま、彼らのメッセージを何度も読み返す。

 意味がわからない。何が「入れて」だよ。

 せっかくの休日なのに、朝九時から大量の通知で叩き起こされるとか、頭がおかしくなりそうだ。


 ――いや、待てよ。

 今日は……読書会の日だった!


 :今すぐ下に行って開ける

 葉子薰( ´ ▽ ` )ノ :あーあ、だいじょうぷ~~、慈軒が来てから一緒に上がろうよ~

 Cicilia Guo:わざわざ気を使わなくてもいいわ。あなたたち先に上がって。

 澤:了解。慈軒も急がなくていいからね。

 Cicilia Guo:うんうん。


 俺はサンダルを突っかけ、寝ぼけた頭のまま階段を降り、みんなを玄関まで迎えに行った。

 今回の読書会が俺の家で開かれるのは、誰の希望でもなく、ただのくじ引きの結果だ。


「せっかく来たのに、アンタ今起きたとこ?」

 出会って早々、葉子薰が軽蔑するような目で俺を見てくる。

 たぶん、洗顔もしてなくて髪もぐちゃぐちゃな姿が原因だ。

 ……悪いな、目覚ましをかけ忘れただけなんだよ。


「おばさん、こんにちは! 今日はお邪魔しますね~! これ、お土産ですっ! このクッキー、すっごくおいしいんですよ!」

 それが母さんを見た瞬間の彼女の反応。

 態度の落差が天と地ほど違う。

 しかもそのクッキーの紙袋、どう見ても高そうなんだけど。


「まぁまぁ、遠慮しないでね~。自分の家だと思ってくつろいでちょうだい♪」

 母さんも、これだけの人数が家に来たのが嬉しいのか、頬が緩みっぱなしだ。


 俺は椅子をいくつかリビングに運び、ソファを合わせてどうにか七人分の座席を確保した。


「へぇ~、奧辛の家めっちゃ綺麗じゃん! あたし、部屋見に行っていい?」

「見るもんなんてないって!」

 俺は、前に出ようとする葉子薰の腕を慌てて掴んだ。

 彼女の言葉が本気なのか冗談なのか、未だによく分からない。


 みんなが席に着くと、母さんが用意してくれたお菓子と飲み物をつまみながら、それぞれ教科書を取り出しはじめた。


「慈軒が着いたって」

 葉子薰がスマホから顔を上げ、俺に視線を向ける。

「迎えに行こうか?」

「いいよ、みんな座ってて。俺が行くから。」

 即答した。

 ――だって冗談じゃない。あの二人を二人きりにしたら、何が起きるか分かったもんじゃない。


 誤解はもう解けたと思ってた。

 郭慈軒は、あの時ただ怒りの矛先を間違えただけだと。

 でも、さっきのメッセージの雰囲気からして、どう見ても葉子薰がまだ標的にされてる。


 これから二人が顔を合わせると思うと……胃が痛い。


 一階の庭を抜けると、管理室の前で郭慈軒が立っているのが見えた。


「せっかく来たのに、アンタ今起きたとこ?」

 ……お前ら、以心伝心かよ。


 今日も郭慈軒は、少し暑いくらいの気温の中で、あの淡い紫色の分厚くて複雑なドレスと黒いストッキングを身につけていた。見てるだけでこっちまで暑くなる。


 エレベーターの中では、彼女の額と鎖骨に汗が滲み、唇が微かに開いて息を整えているのが見えた。

 いつもは人を圧倒するような眼差しも、今はどこか鋭さを欠いている。


「大丈夫か?」

 狭い空間で二人きりの気まずさを紛らわせるため、俺は階層表示のランプだけを見つめた。


「別に……」

 俺にはそっけない。葉子薰に向けるあの態度とは雲泥の差だ。


 家に戻ると、俺は彼女をキッチンに連れて行き、冷たい水をグラスに注いだ。

 彼女は最初こそ上品に飲もうとしたが、結局は体の欲求に負けて一気に飲み干した。


 ……べ、別に心配してるわけじゃない。家で熱中症になられたら困るだけだ。


「わぁ~、その服めっちゃ可愛い! 暑くないの?」

 林千柚は前回の読書会を欠席していたから、郭慈軒のその格好を見るのは初めてだ。


「好きで着てるわけじゃないのよ。」

 郭慈軒は眉をしかめ、黙って空いた席に腰を下ろした。


 俺はこっそりエアコンの設定を一度下げる。


「ふむ、令嬢たる者、礼節を重んずるは当然なれど、その規範の多さには感服するばかりだね。」

 ……温苡蓉、まさかの自前のサイダー持参かよ。


「わ、わたし……郭慈軒さんみたいなお嬢様に憧れるけど、そういうのも大変なんだね……ごめんなさい……」

 なぜ謝る。


 徐亞鈞も肌を見せない服装だけど、郭慈軒ほどではない。

 あのドレスを着るのに、メイドがいても数分はかかるんじゃないかと思う。


「ここでいう『師』とは、一朝一夕の上役を指すにあらず。すなわち道を伝える者のことなり。」

 温苡蓉ウェン・イーロンは、簫の音のようにゆるやかで艶のある声で語る――けれど、正直、彼女の講釈は僕には一文字も頭に入ってこない。

 沈辰澤シェン・チェンザーが頭をかき、「え? じゃあ……先生って意味じゃないの?」

いな。」温苡蓉は澄ました顔で、両手を背に回し、リビングの一隅をゆるゆると歩く。「師とは、道を伝え、わざを授け、惑いを解く者をいう。しかしここでの『道』は、ただ文章の術でも、功名への階でもない。立身の基、処世の理、修心の途に他ならぬ。ゆえに『道の伝え手』とは、理をもって心を正し、言をもって人をひらく者――必ずしも学舎の師に限らず、実は心の師でもあるのだ。」

 沈辰澤の目が明後日の方向をさまよいはじめたのを見て、葉子薰よう・しゅんが空気を読んで噛み砕いてくれる。

「ここで言う『師』って、道理を教えてくれて、学問を授けて、疑問に答えてくれる人のことだよ。で、『道』は教科書の知識とかテストの点だけじゃなくて、どう生きるか、どう人と関わるか、どう心を磨くか――そういうこと。だから『道を伝える人』は、学校の先生に限らないの。たとえ教壇に立つ人じゃなくても、あなたを成長させてくれて、考えるきっかけをくれるなら、その人は心の先生ってこと。」

 おお、そういうことか。

「ありがとう、子薰。これで分かったよ!」沈辰澤がいつもの柔らかな笑み。

「分かってくれたなら良かった。読書会の目的って、まさにそれだもんね!」葉子薰に一点。


「やれやれ~~」

 郭慈軒が唐突に声を上げ、視線をさらっていく。「人が講義してる最中に横から割って入るなんて、その成果を横取りしたいってこと?」

「いや……私は気にしていないわ。」表向きは温苡蓉の肩を持つ形だが、当の温苡蓉も内心では「そこまで言う?」と思っていそうだ。そもそもこの読書会はそんなに厳粛な場でもないし、さっきの説明は確かに沈辰澤には難しすぎた。

「だとしても、急に割り込むなんて躾がなってないわね。葉さんも裕福なお家のようだけど、何不自由なく育っても、礼・義・廉・恥の四文字だけは欠けているのかしら。」

 ――さすがに言い過ぎだ。ここの主である僕が、何か言わないと。

「えっと……郭慈軒、その――」

「あなたは黙ってて!」

 ……僕、ただの場所提供者なんですけど。今から二度寝してもいい?


「慈軒、もし私たちのあいだに何か誤解があるなら、話しておきたい。」

 葉子薰がついに口を開いた。少なくとも、また僕に「真相を探って」なんて丸投げはしなかった。

「話すことなんてないわ。人を嫌うのに理由なんて要らない。」

 郭慈軒は葉子薰に反論の隙も与えず、さっさと荷物をまとめて出ていった。

「ちょっと待って! エレベーター、カードキーがないと動かないから!」

 葉子薰と林千柚は追いかけようとしたが、温苡蓉と沈辰澤がそっと止める。賢明な判断だと思う。


 僕も慌てて廊下へ出ると、郭慈軒が険しい眉で、エレベーター前に凛と立っていた。スマホをちらりと見てから、僕を一瞥し、また顔をそむける。

 エレベーターは一基だけ。しかも今はかなり上の階にいる。――この沈黙、死ぬほど気まずい。

 今、何があったのか聞くべきか? でも答えてくれる可能性は低い。とはいえ、結局あとで葉子薰に「調べて」と頼まれるのは目に見えてる。どうせ接触するなら、いっそ今――

 僕が口を開こうとした気配を察したのか、郭慈軒の鋭い視線が再び突き刺さる。

 ……いや、別に、今じゃなくてもいいよね?

 べ、別に怖いわけじゃないからな!


 エレベーターが来て、乗り込む。僕はカードキーをかざし、彼女のために一階のボタンを押した。

「……それじゃ。」

 彼女の顔を直視できず、そそくさと降りる。――同じ箱に閉じ込められてたら、僕は寿命が縮む。

 だが、彼女は僕を引き留めなかった。ただ、小さな声で一言。

「彼女に……代わりに謝っておいて。」

 ――謝る?

 振り返ったときには、ドアは閉まり、もう問いただす間もなかった。

 ということは、やっぱり――二人の間に何かあったに違いない。


 リビングへ戻ると、冷気の塊に包まれたような錯覚。

 エアコンを一度上げ、何でもないふうを装って席に戻る。そこへ林千柚が身を乗り出してきた。

「で、どうだった? 理由、聞けた?」

 椅子から落ちかける僕。皆の視線が期待で丸くなっている。どうやら、僕が何か聞き出したと思っているらしい。

「残念だけど、何があったかまでは聞いてない。」少し考えてから、伝言を預かる形にする。「ただ、こうは言ってたよ――『彼女に代わって謝って』って。」

「どういうこと?」葉子薰が食い入るように僕を見る。

「分からない。ただ、少なくとも君が“何か悪いことをした”とは限らない、って示唆じゃないかな。」あくまで推測だ。分からないことを勝手に断じるわけにはいかない。

 沈辰澤がそっと葉子薰の手に手を重ね、「大丈夫。奧辛がそう言うなら、きっとそうだよ。」

「……辰澤。」見つめ返す葉子薰。――え、ここでちょっとしたラブコメ劇場?

「僕から慈軒に聞いてみようか。二人の間に誤解があるのかもしれないし。」

「ダメだよ辰澤。さっきも、あなたが子薰と話してるのを見て、ああなったんでしょ? あなたが間に入ったら、余計にこじれるよ。」

 林千柚の反対はもっともだ。でも、沈辰澤の“優しさアタック”で角を丸くできる可能性も、ゼロではないと思う。

「二人とも僕の大切な友だちなんだ。子薰と慈軒が対立しているのは、本当に見たくない。」

 ――本気で、心の底からそう思っている顔だ。


 みんなを心配させまいと、葉子薰はいつもの明るさを取り戻す。

「大丈夫。もし誤解なら、すぐ解けるから。」コーヒーを一口含み、視線をテキストへ戻した。

 温苡蓉がベランダへ続くカーテンのそばで、「それで、読書会は続ける?」

「こ、子薰も気分が乗らないよね? だったら、なにか楽しいことして……気分転換を……」影と化していた徐亜鈞シュー・ヤージュンが蚊の鳴くような声を出す。

 僕としては、今ここで二度寝するのがいちばん楽しいけど。

 林千柚が手を挙げる。「ところで、さっきの“家境不俗”ってどういう意味? 子薰の家って、実はお金持ち? それ、どうして慈軒は知ってるの?」

 ――前回の読書会の帰り、葉子薰が高級車で迎えられたのを、みんな見ている。だから暗黙の了解というか、わざわざ口に出さなかっただけだ。

「うーん……食べるのに困らない、くらいかな。」

 葉子薰は、気取らず、へりくだりすぎず、淡々と答える。けれど、家の話はあまりしたくない――そんな影がときどき表情に差す。

 今回も。

 あのファストフード店を出たときも。


「じゃあ、外でお昼にしよっか。もうすぐお昼だし。」

「おっ! このあたりでおすすめある?」――誰がいちばん食い意地が張ってるかは、林千柚の顔を見れば分かる。

「みんなの口に合うかは分からないけど。」

 他の四人の顔をざっと見回す。異論はなさそうだ。僕は部屋に戻って着替えることにした。


 シャツを脱いだところで、ドアがこんこんと二度ノック。鍵はかけていない。慌てて振り向くと、ドアにもたれる葉子薰の姿。けれど、視線は僕に向いていない。

 ――やっぱり、さっきまでの明るさは、失望を隠す仮面だったんだ。

「アオシン、手伝ってくれる?」

 ――ずるい。今の言い方、断れるわけないだろ。

「分かったよ。気にはしておく。でも真相が分かるとは限らない。ダメだったら、辰澤に頼んでみる。」

 僕の返事に、彼女は満足そうにうなずいた。

「アオシンなら、きっと何とかしてくれるって思う。」

 勝手に期待されるのは少し困る。……いや、今はもっと困る。

「あの……これからズボン履くから。」

「了解、みんな呼んでくるね。」

「もう二度と、君の頼みなんて聞かないからな!」

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