婚約者の観察日記をつけてみました
この国の貴族のお見合いは、他国とは少々異なるシステムです。
『では後は若いお二人で』となった後から一月程度、男性側の屋敷で半同棲生活をした後に、お互い結婚の意思があれば成立となります。
「で、先の縁談についてだがな……先方から断りの連絡が来た」
「そうですか、まあ仕方ありませんよ。あまり気を落とさないで下さいねお父様」
「いやそれ、ワシのセリフだからね!?」
いや、だって私、お父様ほど残念な気持ちになってないんですもん。むしろ、やっぱりね、会話も全然盛り上がらなかったし仕方ないよね、くらいに思っています。
おっと、申し遅れました。
私、男爵令嬢のソープと申します。
先日、学園を無事卒業しまして、そろそろ縁談をという時期なんですがこれで二連敗です。
理由は薄々わかっています。同棲中、お相手との会話が全然盛り上がらなかったのです。
だって私、正直に申し上げましてその殿方にも話す内容にも、全然興味が持てなかったんですもの。思い出せば学生時代から花より団子でしたし。
だから、殿方のお話への相槌もおざなりになってしまう。
コミュニケーションの本には「相手に関心を持ちましょう」なんて書かれていましたが、それが出来ればはじめから苦労はしないんですよねぇ。
かと言って後の夫候補相手にいきなり取り繕うのも憚られます。だって『ありのままの私はこんな感じなんだ』って理解しておいて貰わないと、後々もっと困る気がしますもの。
「成程のう。ソープの得意分野や長所や趣味を活かせる方向でなんとか好印象をもってもらえたら良いんじゃが……」
得意分野……ちょっと勉強が得意なこと以外何もないですよ。長所も別にな……あ、メイド達に脚の形がキレイだと言われたことはありますね。それを同棲中にアピールして……うん、流石にはしたないので却下。そもそも婚前交渉は御法度ですし。
趣味も動植物を育てて観察日記をつけるくらいしかないです。ああでも、『婚約者の観察日記』をつけるのは良いかもしれません。少なくとも私にとっては娯楽となります。双方が気まずさだけを感じる不毛な時間になるよりはいいでしょう。よし、それ採用。
3度目の見合いのお相手はモートル伯爵という家格としてはかなり上のお方でした。
ただ、生来病気がちで急に体調が悪くなることも多いらしく、同格のお家からは敬遠されて私にお鉢が回ってきたようです。
「本日もありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったです」
同棲開始からは観察日記のために、こちらからも色々と質問をさせて頂きました。不躾な質問もしましたが、知的かつ丁寧にお答えくださるとても感じの良い方ですね。
その後も観察日記のページは順調に埋まっていきました。そして、そろそろ一月という頃、私はある事に気づきました。
「モートルさま、突然くる体調不良のことなのですが……」
「ああ、前のデートのときも途中で中止となってしまって申し訳なかったね。もし将来一緒にやっていくのが不安になったなら、勿論婚約は白紙としてくれても構わないよ」
寂しそうな顔で言われるモートルさま。いえ、違うのです。婚約は是非このままにして下さいませ。それよりもですね
「体調不良になるのは毎回、食後少ししてからのようです。それは以前からではないですか?」
「あー、言われてみればそうかも。私は内臓も弱いのかもな。医師は生まれつき身体が弱いようだと言っていたし」
しかしそれでは、消化が大変な肉や油の多いものを食べた時には毎回元気なことに説明がつきません。
「失礼ながら、医師も神ではありません」
「うん、結局は僕の虚弱体質は治せなかったしね。」
「いえ、誤診もあるし最新の医療知識を持っていない場合もあるという意味です。どうやらモートル様は食後、それも特定の食品を二つ同時に摂取した後にだけ急に体調が悪くなるようなのです」
なのでどうか、この食事内容と体調不良を時事系列で纏めた記録を持って、他の医師複数名にも意見を聞いてみては如何でしょうか。
後日、モートル様が興奮した様子で我が家を訪ねて来られました。
「凄いよ、ソープ。君のおかげだ」
結論から言うとモートル様は生まれついての虚弱ではありませんでした。当然と言えば当然です、なにせ普段は顔色もとても良く、食事も睡眠もしっかりとれる方なのですから。
急な体調不良の原因は、二つの食品を食べ合わせたときのみ症状が強く出る、とても珍しいタイプのアレルギーだったとのこと。
学園にいた頃に読んでいた論文の通りでした。
「おめでとうございます」
「ありがとう。それと、今日はもう一つ」
大事な話があるんだ。
そう言うモートル様に、こちらも佇まいを直します。ああ、病弱が治ったので婚約破棄と言うことでしょうか。それは少々、いやかなり残念ですね。
「どうか、私と結婚してほしい」
「えっ、なんでですか?」
「えっ?」
ポカンとするモートルさま、いやだって、病弱疑いが晴れた今、家格とか全然釣り合ってないですしそちらにメリットが……いや、あるのか。
「いやいやいや、私にとって君との結婚は家格以上のメリットがあるよ」
「なるほど、つまりそう言うことですか」
「そう言うことだよ、分かってくれたか」
苦笑する彼。
私も笑ってしまいます。
「モートルさまは脚フェチですもんね。実はメイドに褒められている私の美脚が目当てなんですね、ずっとロングスカートなのに、どこで気づかれたんですか?エッチ」
「いや違うけど?!いや、違わないけど。脚綺麗なんだね嬉しいよ?でもそこじゃないよ!あと、なんで脚フェチだってバレてるの!?」
なんて慌てておっしゃるモートルさま、そりゃあ、毎日貴方の観察日記をつけてたんで分かりますって(暗黒微笑)。
その後、モートル様はご説明下さいました。
なんでも、結婚するなら、賢くて自分をよく見て理解してくれている私がいいなと思って下さったんですって。あら嬉しい。
勿論、二つ返事でお受けさせて頂きました。
まあ、先程に褒めて頂いた点は、観察日記をつけていたら自然とそうなっただけなんですけどね。
でも、ありのままの私の姿ですし、私も彼のことが好きになったので問題ないでしょう。
なお毎日夫の観察日記をつけるのは、結婚後も続けさせて頂いております。
そのおかげもあるのか、結婚して3年たった今でも夫婦仲は良好。彼はより魅力が増してモテている様子ですが、浮気の予兆を日記に書き込むなんて機会もありません。
あと私、毎日観察日記つけているからわかるんですけど、彼は今も私の美脚がお気に入りのようですね。
変わることなく溺愛して頂き、ありがたい限りです。
沢山の評価、感想、そして誤字報告!ありがとうございます。
お礼に新作書いたので、下に転移魔方陣貼っておきます