6.ふたりの夏、はじまりの線
夏が始まりを告げるように、空はまぶしく晴れ渡っていた。
蝉の声が街全体を包み込み、陽翔は制服の袖をまくりながら歩いていた。
約束の時間より少し早く、公園のベンチに着いた。昨日、紬からのメッセージを受け取って以来、心の中はずっとざわついたままだった。
やがて、カラカラと自転車のブレーキ音が聞こえた。
紬が、白いワンピース姿で現れた。
制服ではない彼女を見るのは、初めてだった。
「……待った?」
「いや、俺も今来たとこ」
いつも通りのやりとり。けれど、今日だけは何かが違っていた。
紬は何も言わず、陽翔の隣に腰を下ろすと、鞄から古びたアルバムを取り出した。
「これ……中学の途中まで、私が撮ってた写真。陽翔のことも、いっぱい写ってるよ」
ページを開くと、懐かしい景色が並んでいた。
小さな祭りの風景、河川敷で撮った後ろ姿、教室で不意に撮られた笑顔。
「私さ、写真好きなんだ。何かを残すって、少しだけ“約束”みたいな気がして」
陽翔はページをめくる手を止めた。
1枚の写真が目に留まった。
それは、小学校の卒業式の日。
桜の木の下で、陽翔と紬が並んで立っている写真。
「……誰が撮ったんだ、これ」
「私のお母さん。陽翔が泣いてたとき、こっそり撮ってくれてた」
写真の中、陽翔の目は少し赤く、隣の紬もどこか切なげに笑っていた。
「ねえ陽翔……私、本当にずっと好きだった」
その言葉に、陽翔の心臓が跳ねた。
「転校して、離れても、ずっと忘れられなかった。
あの日、“次の春にまた会おう”って言ったのは……告白の代わりだったの」
言葉の重みが、じわじわと染み込んでくる。
でも、陽翔の胸の中には、もう一つの線が走っていた。
凛のくれた詩の紙。彼女の静かな笑顔。
忘れていたはずの気持ちが、凛の言葉で目を覚ました。
「ごめん。俺……今、答えを出せない」
紬は、ほんの一瞬だけまばたきをした。
でも、そのあと微笑んだ。
「うん、それでいい。待つよ。陽翔が答えを見つけるまで、ちゃんと」
そして、紬はベンチから立ち上がった。
背を向けるその後ろ姿が、陽翔にはすこしだけ遠く見えた。