5.誰にも見せない場所
日曜の午後、空はどこまでも静かで、まるで世界が時間を忘れていたかのようだった。
陽翔は指定された図書館の一角にいた。
いつもの席――小学生の頃、誰かと肩を並べて本を読んでいた場所。
そこに、雨宮凛はすでにいた。窓際の光に包まれ、ページをめくるその指先は、とても静かだった。
「来てくれたんだ」
凛は顔を上げ、そっと微笑む。
昨日とは違う、その笑みに、陽翔の胸は少しだけ高鳴った。
「話したいことって……」
陽翔の言葉に、凛は一瞬だけ目を伏せた。
そして、カバンから一冊のノートを取り出した。
「これ、見て。…私の“場所”なんだ」
そのノートには、誰にも見せたことのない詩や、短い文章、スケッチ、そして…一通の手紙が挟まれていた。
『いつか、この想いを伝えられる日が来たら――。』
読み進めるごとに、陽翔は知る。
彼女が小学校を去った後、ずっと心の中で書き続けてきた“陽翔との物語”を。
図書室で交わした小さな会話、受け取った一冊の本、そして落ちていたペンダント。
どれも彼女にとって、心の支えだった。
「ねえ、陽翔くん。私……本当は今でも、夢みたいなんだ。こうして話せてることが」
陽翔は言葉を見つけられなかった。
どこかでずっと、彼女の存在を記憶の隅に追いやっていた。
優しくしたつもりで、距離を置いていた。
でも――それでも。
「…ありがとう、凛」
その言葉がようやく出たとき、凛の瞳が揺れた。
そして、ページの一枚を切り取って陽翔に渡す。
「これ、あげる。私の中の“誰にも見せない場所”の、ほんの一部」
紙には、たった一行だけの詩が書かれていた。
> 「失くしたと思ってた気持ちは、まだ胸の中で眠ってた」
陽翔はその言葉を胸の奥にしまう。
そして思った。
自分もまた、誰にも見せていない場所があると――。
—
その夜、陽翔は眠れずにいた。
ふとスマホを手に取ると、紬からのメッセージが届いていた。
『明日、少しだけ時間くれない? 話したいこと、やっぱりちゃんと伝えたいの』
二人の少女。二つの再会。
交差していく過去と現在に、陽翔は少しずつ答えを探し始めていた。