3.雨の匂いと嘘
翌日、天気予報通りの雨が降った。六月の空は重く、灰色に濁っていた。
教室の窓を打つ雨音を聞きながら、陽翔はぼんやりと昨日のことを思い返していた。
――雨宮凛が持っていた、あのペンダント。
確かに小学校の頃、失くしたものだった。名前も書いていない、ただの銀色のチャーム。まさか彼女が持っていたとは。
(あの時、何も言えなかった)
凛の「ありがとう」という言葉も、紬の揺れる目も、すべてが胸に引っかかっていた。
放課後、傘も差さずに歩いていた陽翔の前に、凛が現れた。彼女は透明なビニール傘の中で、静かに微笑んでいた。
「また会えるかなって、思ってた」
「……どうして、俺に話しかけたの?」
陽翔の問いに、凛は少しだけ目を伏せた。
「本当は……ずっと言いたかったの。でも、あのとき逃げたのは私のほう。あなたが図書館に来なくなって、それからすぐ私も転校して……」
陽翔は思い出していた。図書館で本を読んでいた日々。隣にいた女の子に、何も言わずに行かなくなった理由。それは、ある“嘘”をついたからだ。
「俺……あのとき、本をあげたのは、誰かと話すのが怖かったからなんだ。優しくしたいんじゃなくて、距離を取るためだった。なのに――」
言いかけて、雨音が一段と強くなる。
凛は小さく首を振った。
「それでも、あの時間が救いだった。陽翔くんがどう思っていたかなんて、もうどうでもいい。…私、嘘だって分かってたから」
静かな言葉だった。でも、その一言が陽翔の胸を刺した。
(彼女もまた、ずっと何かを抱えていたんだ)
「……それでも、会えてよかった」
そう言って凛は去っていく。
雨の匂いだけが、そこに残った。
数分後、遅れて走ってきた紬が、傘を持たずにびしょ濡れのまま立ち止まった。
そして――
「ねぇ、陽翔……凛のこと、好きになる?」
その問いは、まだ早すぎるものだった。
けれど陽翔の心の中で、確かに何かが動き始めていた。