恥辱
「ちなみに、私の精霊は風を操る事が出来るんだけど、見せた方が早いかな。ホワールウィンド、風を」
リンドールさんがホワールウィンドにそう言うと、目の前の机に小さな風のうずが出来た。これがつむじ風なんだろう。そして、しばらくしたら消える。
「魔法と精霊魔法の違いは、魔法は自身の魔力を使うのに対して、精霊魔法は精霊の力を借りているからいくらでも魔法を使う事が出来るんだ。ただ、魔法の強さは精霊の強さに依存するから、自分が強くなっても魔法は強くならないんだけどね。それで、アキラくんは何が出来るんだい?」
「そうですね・・・。この場所だったら、これが良いかな」
俺は机の上に、食料代わりに拾っておいた木の実を一つ置く。シルフィがいうには、その木の実はどこの森でも拾う事が出来るごく一般的な木の実らしい。つまり、特別何かがあるというわけではない。
「シルフィ、この木の実を成長させてみて」
「いいよー。えいっ」
シルフィが木の実に手をかざすと、木の実から芽が出る。ただ、ここで樹木にするわけにはいかないので、苗木程度の大きさで止める。
「もういいよ。どうですか?」
「すごいね。本当に、契約を交わしていないのかい?」
「はい。どうすれば契約できるのかも知りません」
「契約は、精霊の側が契約するに値すると思った場合に、契約される側が持つ何かに宿る形で契約できるんだ。ホワールウィンドは、私の持つこのエメラルドの指輪が気に入ったみたいで、これに宿っているよ。だから、これを破壊されたときに契約も破棄されてしまうから、必ず身に着けているし、壊されないように注意もしている」
「俺は、見ての通り何も持っていないので・・・」
俺はまだ布の服状態だ。いや、服ですら無くてぶかぶかの布を腰あたりで蔓でしばっているだけなんだけど。エーテルで全身を覆っていなかったら、気分的には露出狂一歩手前だろう。風で布がめくれたら、わいせつ物陳列で捕まりそうだ。この世界にそんな法律があるかどうか知らないが。
「僕はねー、アキラに大事な物を奪われたから一緒にいるんだよー。だから、契約とかどうでもいいんだ。僕は僕の意思で決めるよ」
「アキラくん・・・君は一体、何をしたんだい?」
「それは・・・」
「言ったらダメだよ!! 言ったら、リンドールを殺すから!」
「えぇ・・・」
シルフィは、羽を触られた事を知られたくないのか、ものすごい勢いで止めてきた。それに、とばっちりを受けるのは俺じゃなくてリンドールさんだ。恐らく、エーテルで覆われている俺に対してシルフィが出来ることが無いのが原因だと思われる。
「分かったよ」
「知っただけで殺されるようなことを精霊にしたのかい・・・? まさか、それが精霊使いと精霊魔法使いの違いなのかな?」
「いいえ、違うと思います。たかが羽に触れた程度で・・・あっ」
俺はあっさりと口を滑らせた。俺にとっては、本当に「たかが触れた」程度の事だったので、真剣に思っていなかった。
「あああぁぁっ!! 言っちゃった! 言いやがった!! 殺す! 絶対に殺してやるんだから!!」
シルフィは、リンドールの足元から蔓を伸ばす。相変わらず戦いに使えないほど遅いが、座っていたリンドールさんは回避する事が出来ていない。そして、伸びた蔓は足を絡め取り、徐々に上半身を締め上げていく。
「ぐがっ、苦しい・・・、あぁっ」
「シルフィ、ストップ! ごめん、俺が悪かったから止めてくれ!」
「僕の恥辱を知ったやつを生かして何ておけない! 絶対に、殺す!」
シルフィはぶち切れていて、本気でリンドールさんを殺すつもりだと分かった。蔓はとうとうリンドールさんの首をしめ上げ始めた。これは本当にヤバイ!
「待って、俺に出来る事なら何でもするから止めてくれ!」
それでも止まらないシルフィを、俺は最終手段とばかりに、シルフィを掴む。
「あっ! だから羽に触れたらダメだって言ってるのに! やだっ、放してよぉっ! あんっ!」
シルフィは、俺に掴まれた事によって再び俺に羽を触れられることになった。これは、怒りよりも優先される事のようで、リンドールさんを締め上げていた蔓が消えた。
「ゴホッゴホッ、はぁっ・・・はぁっ・・・助かった・・・?」
「シルフィ、ストップ。OK?」
「分かったっ、分かったからぁ、止めるから、もう僕を放してよっ! こんな姿、それこそ人に見せらんないんだからっ!」
リンドールさんは、窒息死しかけたからか、ソファーに倒れるようにして上を向いていてこちらを見ていない。とりあえず、シルフィが見られたくないというなら放すか。
「もうっ、アキラは簡単に僕に触りすぎだよっ! 人前では絶対にやめてよね!」
「ご、ごめん・・・」
シルフィがやけに女性らしい感じで話すので、勝手に女性に触れた様で罪悪感が生まれる。シルフィは、知らないとばかりに姿を消した。それなら、さっきも姿を消せば良かったんじゃ? と思ったが、消えられない理由があったのかもしれないし、この話題には触れない方が良いだろう。それよりも――
「だ、大丈夫ですか? リンドールさん」
「・・・一応、生きているよ。ははっ、今までの人生で、一番死を間近に感じましたね」
うわぁ、数百年生きていて今日が一番ってことは相当やばかったってことだよな? 許される事なのだろうか。
「本当にすみませんでした。今はお金も何も持っていませんが、慰謝料は必ず支払います」
「いや、それには及ばないよ。私が聞いたのも悪かったのだと思うし、何よりもそれ以上の事が分かったからね」
「え? 何のことですか?」
「アキラくん。君、まさかとは思うけど、精霊に触れられるのかい?」
「ええ、触れますよ。そのせいで、こうなっているんですから」
俺がシルフィに触れたことをリンドールさんはすでに知っているからか、再びシルフィが暴れだすことは無かった。
「その事を誰かに話したら、今度こそ本当に殺しますからねー?」
いや、虚空からシルフィの脅しの声が来たわ。本気で消えれば、精霊視ですら見えない精霊。さらに、物理的な壁を無視できる。リンドールさんが寝ている時にでも殺しに来られたら、いくら発生の遅いシルフィの魔法でも確実に防ぐ事は出来ないだろう。
「わ、わかっております。ですが、それはおかしいのですよ。魔力そのものである精霊に触れられるなんて、聞いたことがありません」
リンドールさんはがシルフィに対してびびっているのが分かる。口調がおかしいからな。
「そうなんですか? でも、リンドールさんもホワールウィンドに触れられるんですよね?」
「いいえ? 普通に無理ですよ。ほら」
いうが早いか、リンドールさんはホワールウィンドに手を乗せる・・・が、その手はホワールウィンドをすり抜ける。すり抜けた場合、羽に触れたことにならないようで、ホワールウィンドに変化はない。
「アキラくんは、ホワールウィンドに触れられますか?」
「えっと、触ってもいいんですか?」
「ええ。羽以外なら」
リンドールさんも、精霊の羽には触れてはいけないと学習したのか、わざわざそういう指示を出してくる。俺は元々触るつもりなんて無かったけど。
「じゃあ、ホワールウィンド。握手しようか」
俺は人差し指をホワールウィンドに差し出すと、ホワールウィンドは俺の指を両手でぎゅっと掴む。それは、赤ん坊が手を掴むようでほほえましい感じがする。
「驚いた、本当に精霊に触れられるんだね。それも、他者が契約している精霊に対しても可能だなんて。この事は、絶対に誰かに知られてはいけませんよ? 私も、この事は絶対に話しませんから」
精霊に触れることが出来ない・・・それがこの世界での常識だったようだ。