ギルドマスター、リンドール
「シルフィ、念のために姿を見せない方が良いかもしれないぞ。恐らく、精霊に関する事だろうから」
「分かったよ。じゃあ、僕は姿を消してアキラの背中に隠れているね」
シルフィは俺にも見えなくなった。多分、背中に隠れているのだろう。そして、暫くしてジェーンさんが息を切らせて戻ってきた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ギルド、マスターが、お会いに、なりたいそう、です。一緒に、来て、貰え、ますか!?」
「わ、分かりました。あの・・・いえ、何でもないです」
俺は息を整えてからでいいのでは? と言おうと思ったが、よほど急いでいる様に見えたので黙っておこう。ジェーンさんは階段を上り、3階の一番奥の部屋へと案内してくれた。3階をダッシュで上り下りすれば息も切れるだろうな。今回は走って上らないから、きっとジェーンさんの息は整えられるはずだ。ジェーンさんはドアの前に立つと、ノックする。
「ギルドマスター、アキラさんをお連れしました」
「どうぞ、入ってください」
ギルドマスターと言えば、結構年を重ねたおじさんのイメージがあったが、声だけ聴くととても若い声だ。恐らく、20代から30代くらいだろう。そんな若い人がギルドマスター? それとも、声だけ若い厳ついおっさんか? 想像を膨らませながらジェーンさんが開いてくれたドアをくぐる。
「失礼します・・・」
部屋に入ると、一番奥の机には誰もおらず、すでにソファーに一人座っていた。声のイメージ通りの30歳くらいの男性が、にこやかに俺の方を見ている。
「エルフ・・・?」
「ああ、やはりあなたは異世界人でしたか。どうぞ、座ってください。ジェーンくん、お茶と・・・ついでに登録用紙と水晶も持ってきてくれるかい?」
「かしこまりました」
俺が座るのを待ってから、ギルドマスターは改めて話しかけてくる。
「初めまして。私はこの街のギルドマスターで、リンドールです」
「初めまして・・・。俺はアキラです」
「ジェーンくんの話では、君の職業が精霊使いと出たそうだね? 基本的に精霊に親和性があるのは、私の様なエルフを除けば、少数の人間だけなのですよ。そして、精霊と契約し、精霊魔法使いとなるのが普通です。私も精霊魔法使いなのですが、君の場合は精霊魔法使いではなく精霊使い・・・そんな職業は数百年生きている私でも初めて聞きましたよ」
どうやらリンドールさんは数百年を生きているらしい。さすが、長命なエルフだけはある。まあ、エルフが実際に長命種なのかどうかは知らないが、数百年生きていれば十分に長命だろう。
「えっと、何か違いがあるんですか?」
「それは私の方が聞きたいことなのだよ。ジェーンくんが来るのを待ってもらっていいかな?」
それほど時間もかからずジェーンさんが戻ってくる。
「アキラさん、お茶をどうぞ。ギルドマスターも」
ジェーンさんがお盆からお茶を俺とギルドマスターに出した後、腰の布袋から水晶とさっきシークに書いてもらった登録用紙を出してギルドマスターに渡した。あの布袋、もしかしてマジックポーチとかいう奴か? 登録用紙が折りたたまれずに出てきたんだが、普通に入らない大きさだろう。
「ジェーンさん、その布の袋って魔道具ですか?」
「そうです。マジックボックスですね。見た目はボックスではありませんが、拡張空間がある魔道具はすべてマジックボックスと呼ぶ事になっているんですよ」
という事は、この世界ではマジックボックスに類似するものは全てマジックボックスでいいのか。どうせ高いだろうから俺が持つのはずっと後になりそうだが。
「君はニホンジンなんだね。何故か知らないけど、よく召喚されるのはニホンジンばかりなんだ。異世界の事を信じている人ほど召喚されやすい傾向にあるようだけど、ニホンには何かあるのかい?」
「そうですね・・・異世界物の小説が流行っています。そういう俺も、異世界物の小説が大好きでよく読んでいます」
異世界物を信じる人ほど召喚されやすいのか・・・だったら、異世界転移されるのは日本人の確率が高そうだな。それも、年寄りよりも若い人の方が多そうだ。そして、あの場に居た5人の中で俺の足元に魔法陣があったのも納得だ。あの不良達が俺以上に小説を読むとは思えないからな。そう考えると、4人は俺に巻き込まれただけって事になるのか? まあ、召喚が俺のせいじゃ無いから俺が悪いと言われても困るが。
「そういえば、この街の名前もニホンジンがつけてくれたそうだよ。なんでも、職業が名付け士だったとか。何か使命を感じたらしく、他の街にも名前を付けに行くって旅に出たそうだけど」
「そんなに簡単に街の名前って変えられるんですか?」
「いいや? けれど、名付け士というのも初めて出たレアな職業みたいでね。領主がその恩恵にあやかろうとしてつけてもらったそうだよ」
「あの・・・ちなみに、この街の名前って何て言うんですか?」
皆、この街とかしか言わないから、俺はまだこの街の名前を知らなかったことに気づいた。そして、衝撃の名前がリンドールさんの口から告げられる。
「この街の名はアッガイと言うんだよ。ちなみに、名付け士が次の街に付けた名前がジオングなんだけど、ゴロが良いからみんな結構気に入っているみたいだ」
ああ、その人は確実に日本人だな。そして、ガンダム好きが確定だ。ただ、世代的には俺よりも結構年上そうだから話は合わないかもしれないが。その人は多分、ユニコーンとか知らないだろうし。
「それで話は戻すんですけど、俺は精霊と契約なんてまだしていませんよ?」
「それじゃあ、水晶の鑑定ランクを上げるので、触れてもらえますか? 大丈夫、今回も個人情報は伏せてスキルだけを表示するから」
リンドールさんはそう言うと、何やら水晶台をいじったあとに机に置く。俺がそれに手を添えると、さっきと違う表示がされた。
スキル:精霊視、魔力操作、エーテル
「ああ、やっぱり精霊視があるんだね。・・・最後のエーテルというのは聞いたことが無いから、恐らくそれが精霊魔法使いではなく精霊使いとなった原因だろうね」
エーテルは俺が見えない塊に名付けたものだから、後付けのスキルなのだろう。だから、最後に表示されているって事だ。つまり、俺がこの世界に来た時に持っていたのが精霊視と魔力操作って事か?
「精霊視って名前の通り精霊が見えるスキルって事ですか? 特に精霊が見えたりしないのですが・・・」
俺の横でシルフィが手を振っているが、そもそもシルフィも最初見えていなかった。彼女が自分で見えるようにしてくれたのだから、精霊視のおかげとは思えない。
「精霊を視るときは、目に魔力を込めないと見えないんだよ。ただ、精霊によっては視られることを嫌うものもいて、姿を隠されると精霊視を持っていても視えない事もあるんだ。その場合、多量の魔力を込めて視ればいいのだけど、無理やり視ても良いことは無いよ。攻撃されても文句は言えないからね。そうだ、どうせなら一回使ってみたらどうだい? 私の精霊に許可を貰うよ」
リンドールさんは、虚空に小さな声で話しかける。どうやら、そこに精霊がいる様だ。
「うん、許可は貰ったよ。私の契約した精霊はつむじ風を司っているんだ。名前はホワールウィンドだよ」
「じゃ、じゃあ、ホワールウィンドさん、視ますね?」
俺も一応声をかけてから目に魔力を込める。魔力操作があるおかげで、エーテルを操るように自身の魔力を操る事が出来た。すると、目の前に緑色の拳大の獣が見えるようになった。
「えっと、君がホワールウィンド・・・?」
ホワールウィンドはこくりと頷く。ただ、それだけでそれ以上の反応が何も無い。
「悪いね、下級精霊はコミュニケーションを取るのが苦手なのだよ。それで、君はさっき『まだ契約をしていない』と言ったね? つまり、精霊自体は居るって事かな?」
よくこちらの言葉を聞いていたものだ。リンドールさんは悪い人じゃ無さそうだし、恐らく精霊視も持っているだろうから、隠し通せないなら見せた方がいいか。
「はい。森で知り合った精霊が居ます。シルフィって言います。シルフィ、出てきていいよ」
俺がそう言うと、俺の背中からシルフィが飛び出してくる。
「これは驚いた。まさか、精霊視をまだまともに使っていないのに視えるなんて、よほど格の高い精霊なんだね」
「え? そうなんですか?」
「よろしく、僕が森の精霊のシルフィだよー。アキラの相棒さ」
「え・・・話せるんですか? アキラくんが腹話術で話しているとかではなく?」
「俺は腹話術なんて出来ませんよ。人型の精霊は話せるんじゃないんですか?」
「まさか。精霊の姿形は関係ないよ。話せる精霊は少なくとも中級精霊以上だ」
「シルフィってそんなすごい精霊だったの?」
「んー、僕自身はその下級とか中級とかが分からないんですけどー。それに、他の精霊にもほとんど会ったことが無いから分からないですねー。まあ、会った事のある精霊で話せた子は居なかったから、そうなんじゃ無いんですかー?」
シルフィはあんまり興味が無さそうだ。でも、中級っていったら結構すごい気がするんだけど。まあ、キラーディアに勝てない様だから強くは無さそうだ。