野営
「ふぅ、食った食った。残ったやつも焼いて明日の飯に残しておこう。思っていたよりも食えるものでよかった。後は、水を汲んで寝床へ戻るか」
「じゃあ、僕は寝床の周りを目立たないように草で隠しておくよ。少しでも見つかる確率が減る方がいいでしょ? 何かあれば、すぐに僕が起こしてあげられるし」
「シルフィだけに見張りをさせるのは何か悪いな」
「いいよ、僕は寝なくても大丈夫だから。その代わり、暇なときはアキラの上で休ませてもらうからよろしくね」
「それぐらいなら、いくらでもいいぞ」
夜目の効かない俺は、素直に寝て体力を回復する事にした。森の精霊であるシルフィは、結構広範囲の気配が分かるみたいで、魔物が近づけばすぐに分かるそうだ。本当ならシルフィの分までエーテルの床を作って休む予定だったのだが、夜行性の動物や魔物が居るので、念のためにシルフィに野営の番をしてもらう事になった。
「それじゃあ、よろしく頼む」
俺は木の入口を葉っぱで塞いで中を暗くする。別に寝れないほど明るいってわけでは無く、単に入口を隠すためである。遮光性が高いわけじゃ無いから、日がのぼれば日差しが入って自然と目覚める事が出来るだろう。
「おやすみー、アキラ」
「おやすみ、シルフィ」
――――次の日。
寝床に日が差し込み、朝になったようだ。入口の葉っぱをよけて外を見る。俺が起きたことに気が付いたのか、シルフィがやってきた。
「おはよー、アキラ。特に近づいてくる魔物や動物は居なかったよー」
「お疲れ様。シルフィのおかげでゆっくりと寝る事が出来たよ。やっぱり、慣れない山道を歩いて疲れてたみたいだ」
「役に立てたようで良かったよ。それじゃあ、約束通りアキラの上で休ませてねー」
「ああ、いいぞ」
俺は頭の上をシルフィが座りやすいように平らにする。さすがにエーテルを布団の様には出来ないが、多少柔らかくは出来る。シルフィは硬くても平気なようだが。それよりも、俺の近くに居るだけで魔力が得られることの方が重要らしい。
「昨日の池に行って顔を洗うか。・・・どうやら、寝てる間もエーテルの形態変化は無かったみたいで良かった」
俺の意識が無い場合、最悪はエーテルがキューブ状に戻ってしまうかと思ったが、俺が新しく変化させないかぎりはその状態を維持してくれているようだ。つまり、知らない間に無くすという事は無いから心配いらないって事だな。
俺は再び昨日のようにパワードスーツとして自分の体を動かす補助として使う。やっぱり、便利すぎるぞこのエーテル。無人島に一つ何かを持っていけるとしたら、こいつだな。まあ、今が無人島生活の様なものだが。
「池の近くにはキラーディアは居ないが、普通の動物も水を飲みに来るんだな」
池では、狐みたいな動物が水を飲んでいるのが見えた。正直、魔物と動物の区別は見た目でつかないんだが、シルフィには魔力の有無で分かるらしく、あれは動物だと教えてくれた。動物なら、俺に危害を加えてくることは無いだろう。
顔の部分のエーテルを解除し、顔を洗う。ついでに、枝を削って作った歯ブラシで歯を磨く。どうせ朝食後にも磨くんだが、起きたての歯がネバつくのが嫌なんだよね。
「昨日の肉をそのまま食うよりも、少し温めた方がきっとうまいよな。もう一度火を起こすか」
朝露で少し木が湿っている。このままだと火がつきにくいな。
「シルフィ、何かいい案は無いか? この木の枝は少し湿っていて火がつかなさそうなんだ」
「それなら、あそこに落ちてる木の実を絞ればいいよ。油がとれるはずだから」
「へぇ。これか。エーテルで握りつぶせばいいだけだから、絞るのは楽だな」
俺は木の実を握りつぶし、エーテルで作ったおちょこくらいの器に絞る。黄色い油が少しだけ溜まったので、それを木の枝の先につけて高速で擦り合わせる。
「本当だ、すぐに火がついた。これ、うまく使えば松明とかにも使えそうだな」
「でも、逆に火が消えにくいからきちんと消しておかないと火事になるかもしれないから、気を付けてね」
「ああ、分かった。エーテルで囲んでランプみたいにすればいいか」
俺はある程度油を集めて腰の付近に作ったボトル状態にしたエーテルに入れておく。他の人が見たら、腰の近くに黄色い液体が浮いてるように見えて気味が悪いだろうな。というか、俺の周囲には水やら肉やら油やら魔物の素材やらが浮いていて、このまま街には入れ無さそうだ。
「こんな事なら、キラーディアの内蔵で水筒くらい作っとけばよかったな」
キラーディアの内蔵は、その時は要らないと思って地面に埋めた。多分、まだ掘り起こせば使える気もするが、気分的に一度捨てたものを使うのは嫌だ。どうしても今必須ってわけじゃ無いから、そのうちでいいやって思ってる。
「どこかで服も手に入れたいよな。このままの見た目で街に入れると思うか?」
「そうだねー。いっそ、裸になった方が野盗に襲われて身ぐるみ剥がされましたって言えるかもしれないけど?」
「それは嫌だ。それだと、他に何も持ち込めなくなるだろ」
「そう言えば、アキラの股についてたのってなーに? まだ答えを聞いてないんだけど」
「それに答える気は無いから、もう聞くなよ」
「えー、気になるなーもう」
シルフィは人間の男の裸を見た事無いみたいだな。それに、精霊にはやはり裸の概念が無いのか、羞恥心も無いようだし。昨日も、「裸を見るな! シルフィだって見られたら恥ずかしいだろ?」って言ったら「別に? 僕にはよく分からないけど、これでいいー?」って服に見せてた魔力を解いて素っ裸になった。見せられたこっちの方が恥ずかしくなって、すぐに元に戻させたけど。当然、俺もすぐに布の服をかぶって体を隠したぞ。それにしても、シルフィの体は人間の女性とほとんど変わらない様に見えた。一瞬しか見てないから細かくは見てないけど、胸とかヘソとかはあった。精霊にヘソがあるのはなんでだろうな? 聞いてみるか。
「なあ、なんでシルフィにヘソがあるんだ? 精霊って別にへその緒とか無いんだろ?」
「そうだねー。精霊は、実際に存在する生物の姿をとる事が多いんだよー。だから僕は、人間の女性に近い見た目になっているんだよ。だから、獣に近い見た目の精霊も居るし、植物に近い見た目の精霊も居るよ。ただ、自分で姿が変えられるわけじゃ無いから、どういうルールで見た目が決まるのかは僕も知らないんだけどね」
「つまり、今のシルフィの見た目は生まれた時にはもうその姿だったって事か?」
「そうだよー。ただ、精霊として羽が生えているのは共通しているから、どんな姿でも羽は生えているし、飛べるよ」
つまり、猪の姿の精霊であっても羽が生えていて飛べるのか。うーん、そこはファンタジーだな。って、それだと俺は女性の裸を見たって事になるじゃん! ・・・とりあえず、シルフィには勝手に裸にならないように言っておくか? いや、言うと逆に面白がって裸になりそうだから黙っておこう。
「なるほど。それじゃあ、今日はどっちの方向に向かえばいいんだ?」
「街へ行くならこっちの方角に真っすぐだよー」
「ありがとう。それじゃあ、今日も頑張って進むか」
せっかくシルフィが作ってくれた寝床はもったいないが、どうせもう使う事は無いから残していくしかない。それよりも、早く街へ行きたいな。