支払いは体で
しばらく歩いていた時、ルゥナが俺の肩へと乗ってきた。
「ねぇ、アキラ。私に頂戴?」
「な、なにを・・・?」
ルゥナのなまめかしい声が耳元でささやく。
「あれよ、あれ。また出してほしいの」
「あれ・・・?」
抽象的過ぎて分からない。俺が出せて、ルゥナが欲しい物・・・ああ、あれか。
「せか――」
「しっ! その名前を出さないで。黙ってこの容器に出して頂戴」
「わ、わかったよ。ユラ、ルゥナの持っている容器にアレを頼む」
「わかりまちた。世界樹の雫!」
ユラにはアレで通じたらしい。というか、ユラが出せるのはこれしか無いからな。ルゥナは世界樹の雫を受けると、ストレージへと仕舞った。
「もうすぐ街へ着きます。私が先ぶれとして行ってまいります」
兵士の一人が、執事っぽい人にそう告げると、走り出す。この状況を先に伝えておいてもらえれば、よりスムーズにいくだろう。
それからしばらくして、街の門が見えてきた。壁の大きさ的に、ガーベラテトラの街よりも小さいな。それでも、門番が居るところは変わらない。しかし、今回はすでに門番が待ち構えていた。先ぶれのおかげだろう。
「お嬢様、お待ちしておりました!」
すでに準備されていた担架へとユーヤ隊長を乗せる。まだ意識は戻っていないようだが、表情は穏やかなので痛みは無いのだろう。腕は生えたが、失った血液は戻らないのか、顔は青白いが。
「このまま屋敷までご案内してよろしいでしょうか?」
門番とは別の兵士が、そう提案してくる。提案先は執事っぽい人だ。
「お嬢様を屋敷へとお連れしたいのと、先ほどの代金の話をしたいので、このまま一緒に着て貰えないだろうか?」
「構わないわ」
執事はルゥナに確認を取る。執事は、このパーティのリーダーをルゥナだと確信しているらしい。まあ、特にリーダーは決めていないが、ほとんどの決定権を持つのがルゥナなので、リーダーはルゥナでいいや。
結構大きなお屋敷に着くと、執事は先に「失礼します」と言って屋敷へと入っていく。恐らく、報告しに行ったのだろう。そして、すぐに屋敷からメイド達が出てきて迎え入れてくれた。
「お父様はいらっしゃる?」
「はい。今は執務室で仕事をしておられます。今、カイエン様が報告しておられますので、しばらくしたら来られるかと」
あの執事、カイエンって言うのか。結構かっこいい名前だな。
「分かったわ。皆さんを客間に通してください。恩人ですので、丁寧に接客を頼むわね」
「かしこまりました、ライラお嬢様」
「私は、汚れた服を着替えてまいりますので、皆さまは先に客間でお待ちください」
お嬢様の名前はライラって言うのか。そういえば、全く自己紹介して無いな。そんな暇が無かったし、馬車に乗ってたから話しかける事も無かったな。
俺達はメイドさんに案内され、客間で待つ。しばらくすると、着替え終わったライラお嬢様が入ってきた。
「お待たせいたしましたわ。お父様が来るまで、もうしばらくお待ちくださいませ」
ライラお嬢様が目配せすると、メイドはすぐにお茶の用意をしてくれる。茶菓子も出たが、口をつけていい物なのだろうか? なんかマナーとかってありそうなんだが。そう思っていたが、ルビーがさっさとお菓子に手を出したので、俺も遠慮なく食べる。朝めし以降何も食って無いから、腹が減ったな。
しばらく待つと、執事のカイエンさんが入ってきた。
「ライラお嬢様、クラディア様がもうすぐいらっしゃいます」
「分かったわ。事情説明のためにあなたも残ってもらっていいかしら?」
「かしこまりました」
それからすぐに部屋へ中肉中背のおじさんが入ってくる。この人がライラお嬢様の父親のクラディア様なのだろう。
「私はこの街の領主で、クラディアと言う。この度は、娘の危機を救っていただき感謝する。また、兵士長のユーヤに貴重な回復薬を使ってくれたそうだな」
「はい、お父様。世界樹の雫というアイテムでユーヤの命を救っていただきました。この方たちに、その代金を支払って欲しいのです」
「うむ、分かった・・・と言いたいところだが、世界樹の雫の相場は白金貨10枚は下らないと聞く。・・・今はあいにく持ち合わせが無いのだ」
「お父様、そうなのですか? しかし、私は責任をもって払うと誓いました。どのくらいなら、支払う事ができるのでしょうか?」
「・・・金貨300枚、白金貨にして3枚が限度だ」
「申し訳ありません、アキラ様、ルゥナ様、ルビー様。足りない分は、私財である服やアクセサリーをすべてお渡しします。それでも足りなければ、私が、私の体でお支払い致します!」
「なっ! ライラ、貴族の娘が簡単にそのような事をいうではない!」
「簡単にではありません。他に支払う術が無いのであれば、体を張ってでも代わりにする覚悟なのです。アキラ様、私の初めてを価値あるものとして受け取って貰えませんか・・・?」
「ダメよ」
俺が返事する前に、ルゥナが断る。ライラお嬢様は、下手なアイドルよりも美少女だ。そんな美少女からの誘いを、断るなんて・・・いや、婚約者もちだからもちろん断るつもりだったけど。
「何故ですか。それくらいしか、支払えるものが無いのです」
「どうしてあなたにアキラの初めてをあげないといけないのかしら? それに、初めて同士ではうまくいかないでしょ?」
「なっ、そうだったのですか?」
「ど、なっ、ルゥナ、なぜ知って・・・」
「気が付かないとでも? テント内でルビーが着替えている時、聞き耳を立てていたでしょう? そんな事で興奮するなんて、女性経験が無いとしか考えられないでしょう?」
「くぅ・・・」
「ア、アキラ殿は拙者の着替えでそんな思いを・・・。すまない、拙者の初めては夫となる者に捧げると誓っているのだ」
「いや、うん、なんかごめん・・・」
俺のせいでルビーまで初めてであると暴露させてしまった。
「それはともかく、お金じゃ無くて情報や私達に便宜を諮ることで金銭の代わりにしたいのだけれど?」
「私に、後ろ盾になってほしいという事かね? 私は伯爵家当主。それなりに力になる事は出来る」
「それならお願いしたいのだけれど。ところで、黒い商人について知っていますか?」
「黒い商人・・・。金次第で何でも用意すると言われている商人だな。それが人でも、他人の持ち物でも、なんでも用意すると聞いている。ただ、黒い噂も絶えないが」
「ええ。私達は、その商人と敵対しているといっても過言ではないの。だから、後ろ盾が欲しいわ」
「先ほどの言葉を反故にするようで悪いが、相手が黒い商人では分が悪い。顧客には侯爵家も居ると聞く」
「それなら、伯爵様の伝手で侯爵家にも援軍を求めることは可能かしら?」
「・・・不可能だ。こちらに侯爵家が味方するメリットが無い」
「ならば、メリットがあれば可能性があるという事かしら? ここに、もう一本世界樹の雫があるのだけれど」
ルゥナはそう言ってストレージから世界樹の雫を取り出す。これを見越して用意させたのか?
「まさか、まだ世界樹の雫を持っているとは・・・。侯爵家に、病気の子供を持つ者が居る。その者にそれを渡せば、味方となってくれるやもしれぬ」
「それなら、そうして頂戴。あなたを信じて渡すわ」
ルゥナはそう言うと、伯爵様に世界樹の雫を渡す。貴重ではあるが、俺達はユラが居ればいつでも手に入るものだからな。
「分かった。確かに預かった。今、受領証を作成するので待っていてくれ」
伯爵様は世界樹の雫を自分のアイテムボックスへ入れると、一度部屋を出て行った。




