襲撃
俺達は問題なく旅を続けていた。ルビーの御者も慣れたもので、今では2頭ともルビーの言う事を聞く。ちなみに、奴隷の首輪をどうやって馬に付けさせたのかをルゥナに聞いたが「調教スキルを持っていないアキラには関係ないわ」と言われてしまった。
道中、俺達の野営のぬるさをルビーに驚かれた。下手な宿に泊まるよりも快適なので、途中にある村には寄らなかったくらいだ。俺達の野営は夜番すら要らないからな。
「そろそろ、次の街に着くはずです」
ルビーが地図を見ながら言う。前はまだ木があるため、先はまだ見えない。すると、急にルゥナがルビーの肩に飛び乗る。
「血の臭い・・・それから女性の悲鳴が聞こえたわ」
「? 俺には何も聞こえないけど」
「拙者にも聞こえていないが」
「ルビー、とにかく馬車を急がせて」
ルビーは言われるままに馬を急かす。すると、木が塞いでいた視界が晴れた時、複数の兵士とオークらしき豚っぽい魔物が見えた。複数のオークの中に、一際大きなオークが居て、そいつが女性を庇う兵士と戦っていた。そのオークが振り下ろした斧を、兵士が剣で受けるが、その剣が折れて兵士の右腕が斬り飛ばされた。
「私は先にあの大きなオークへ行くわ、ルビーとアキラはそれぞれオークの対処をお願い」
「ユラ、ルビーとルゥナにエールを。シルフィ、あのオーク達にピアシングルート」
「はいでちゅ! がんばれー」
「りょーかーい。えいっ」
シルフィの魔法でオーク達の足どめする。そして、ルゥナはそのままオークへ向かって飛びだし、ルビーは馬車を止めると一番近いオークへ向かって走る。俺も一足遅れてオークへと向かう。
「助太刀する!」
ルビーがそう叫ぶと、さっそく一匹目のオークの首を刀で斬り飛ばす。ルゥナも大きなオークへ針を飛ばしたみたいでオークの顔に針が刺さっていた。俺も取り合えず剣を持ち、オークへと近づく。俺よりも背の高いオークは、動きが制限されていても怖い。兵士はすでに殴り飛ばされていて、気絶しているようだ。
「こい、豚野郎! 俺が相手だ!」
とは言ったものの、俺の腰は引けている。剣で勝てる気がしないんだけど。
「アキラ―、僕がやろうか?」
「ああ、キラーマンティスをやっつけた時みたいな奴か?」
「ううんー、ゴブリンクイーンの時の奴」
「俺、その話聞いてないんだけど?」
「じゃあ、見てて。えいっ」
シルフィが手を振ると、近くの木から葉っぱが落ちる。そして、その葉っぱが高速でオークへと向かう。
「葉っぱカッターか?」
「そう言う名前の魔法なんですかー?」
「いや、違うと思う。とりあえず、リーフカッターでいいか」
「なんでもいいですよー」
シルフィのリーフカッターは、見た目以上に威力があるらしく、分厚いオークの脂肪を切り裂いていく。オークがうずくまったので、その首にエーテルを巻く。このまま剣で首を落とせればいいんだけど、人型の魔物の首を切る決心がつかず、とりあえずエーテルで絞殺す事にした。首に巻かれたエーテルを外そうとオークはもがいていたが、しばらくして倒れ、動かなくなった。
その間に、オークはルビーとルゥナによってすべて片付けられていた。
「ユーヤ!」
女性が、腕を斬られた兵士の元で名前を呼び掛けていた。
「ありったけのポーションを隊長に!」
ユーヤと呼ばれた兵士は、この兵士たちの隊長らしい。兵士達は、手持ちのポーションをユーヤ隊長にかける。どくどくと流れ出ていた腕の血は少なくなったが、止血まではいかないようだ。
「くそっ、やはり飲ませないと効果が低い! だが・・・」
ユーヤ隊長は、腕を斬られた痛みからか、歯を食いしばっていた。口へポーションを注いでも、口の横を流れ落ちるだけだ。
「このままじゃ、ユーヤが、ユーヤが死んじゃう!」
女性はそう叫ぶが、ありったけのポーションでも治らない傷ではどうしようもないみたいだ。街まではまだ数時間はかかるはずなので、そこまで間に合うかどうか・・・。
「ねぇあなた、この人を救いたい?」
「はい! 救いたいです! 私の婚約者なんです!」
「そう。ここに、世界樹の雫があるわ。これを飲ませれば、もしかしたら助かるかもしれ無いわ」
「世界樹の雫だと? ダンジョンでも年間に数個しか手に入らないという貴重な物ではないか! 本物なのか? 本物だとしたら、一体いくら払えばよいのか・・・」
女性の近くに居た執事っぽい人が世界樹の雫について知っていたようだ。
「お願いします! お金は後で必ず払います! だから、ユーヤを、彼を助けて下さい!」
「お嬢様! あれは、伯爵家と言えども簡単に払える金額ではありませんぞ!」
「構いません。必ず父上を説得して見せます」
「それじゃあ、あなたに渡すわ。あとは、どうやって飲ませるかだけど・・・口移ししか無いわね」
「分かりました!」
女性は、世界樹の雫を口に含むと、ユーヤ隊長の顔を掴み口を固定する。そして、口移しで世界樹の雫を飲ませた。世界樹の雫の効果は絶大で、斬られた腕の血が止まるどころか、新しい腕が生えた。本当に、驚いた。まるで、粘土細工のように腕が形作られていったからな。
「これが、本物の世界樹の雫・・・」
「ユーヤ!」
腕は生えたが、意識は戻っていない。周りには傷だらけの兵士と、壊れた馬車。引いていたはずの馬も居ない。その事に気が付いた女性は、ルゥナに向かって頭を下げる。
「どうか、ユーヤをあなた達の馬車に乗せて貰えませんか? 街で医者に見せたいのです」
「私は構わないわよ。このまま置いて行くというのも中途半端ですし。助け合いは必要ですものね」
ルゥナは、ユーヤ隊長を馬車で運ぶ事にしたようだ。そして、ルゥナはさらに傷ついていた兵士達にポーションを渡していった。すると、執事っぽい人がルゥナにお願いする。
「まだ街まで距離がある。せめてお嬢様だけでも一緒に乗せて貰えないだろうか」
「そうね・・・アキラが歩くなら乗れると思うわよ」
「アキラ殿、お願いします」
「わ、分かりました・・・」
俺としては歩きたくなかったが、女性をさしおいてまで乗る度胸は無かった。兵士達も歩くみたいだし。馬車の中に使っていなかった布団を敷き、ユーヤ隊長をそこへ寝かせる。それを見守るように女性が座る。ルビーは御者席で馬車の運転だ。まあ、俺もエーテルがあるからまだマシだろうな。




