食事
「そろそろ血は抜けたかな?」
「ねー、僕の質問に答えてよー」
シルフィの質問を無視し、キラーディアを見に行く。ちなみに今は全身をエーテルで包んでいる状態だ。ただし、当然呼吸穴としてお尻付近に穴を開けてある。ここなら雨が降っても水が中に入ってくる心配は無いし、おならも自分で吸う事が無くなる。これに気が付かなかったら、窒息死はしないまでも自分のおならを嗅ぎ続ける事になるところだった。
ただ、見た目は布の服に木の皮の靴と、どうみても遭難者以下の装備なので着るモノが欲しいな。あと、俺の近くに浮いている水の塊も目立つだろう。
「よし、血は大体抜けてるな。それじゃあ、エーテルをナイフ状にして解体していくぞ」
俺は触手の先端をナイフにする様なイメージで少し離れた場所から解体を始めた。返り血がつくから離れているわけでは無く、初めての解体なので内蔵を近くで見て気持ち悪くなりそうだったからである。返り血はどうせエーテルが防ぐ。
キラーディアをお腹から割き、皮をエーテルを使って剥いでいく。四肢を斬り落とし、細く伸ばしたエーテルで吊り下げておく。不意とはいえ、不良やゴブリンが死ぬところを見ていたためか、思ったよりも死体を扱う事が平気だった。よかった。ここで自分が、思ったよりも内臓や血を見て気絶するようなタイプだったら、この世界で生きていく事は出来ないだろう。
「なあシルフィ。精霊なら魔法か何かを使って火を起こせないのか?」
「こう見えても、僕は森の精霊なのだよ? 火なんて使えるわけないじゃないか。僕に出来ることは、植物を成長させたり、回復力を促進させたりすることぐらいだよ。植物を操る事は出来るけど、とてもじゃないが戦闘には使えないよ」
シルフィは、見た方が早いと言って地面に手を向けて力を込めるような動作をする。すると、地面からツタの様なものが生えてくる。しかし、戦っている相手を拘束できるような速度ではなく、ゆっくりと生えてくるだけだ。確かに戦闘には使えないが、使いようによっては便利そうな能力ではある。
「あとは、えいっ!」
シルフィは俺に向かって何やら力を使う。
「何をしたんだ?」
「傷が早く、綺麗に治る・・・魔法って言えばいいのかな? 魔力を使う力が魔法だっていうなら、僕のも魔法って呼んだ方が分かりやすいか。正確には、人間が使う魔法とは少し違うんだけどね」
「人間も魔法が使えるのか?」
「使える人も居るみたいだよ。ただ、珍しいみたい。それに、人間だけじゃなくて魔物にも魔法を使ってくるやつが居るから気を付けた方が良いよ」
「覚えておくよ。ありがとう。おぉ、すごい。切り傷が塞がっていくな」
シルフィと話しているうちにも、俺の切り傷が塞がっていくのが分かる。切れていた皮同士が繋がり、綺麗に治っていく。ここに傷があったことが分からないくらいだ。これ、俺が水に入る前に使ってくれればしみずに済んだに・・・。まあいいや、取り合えず腹を満たす事を優先したい。
「乾いた木の皮に、同じく乾いた木の削りかすを乗せて、高速で木の枝をすり合わせれば火を起こせるはずだ」
俺は木の枝にエーテルを巻き付けて高速で回す。本来の人力であれば、よほどうまくないと火は起こせないだろうが、エーテルを巻き付けて高速で回せているため、俺が疲れる事も無くあっという間に摩擦熱で火がついた。
「くそ役に立つな、このエーテル。こんな簡単に火が起こせるとは思ってなかった。あとはこの火種を大きくしていけば肉が焼けるぞ。ところで、シルフィも肉とかって食うのか?」
「僕は魔力だけの存在だから、物理的なもので食事は必要無いよ。まあ、物に含まれている魔力を取ることは出来るけど、森の中に居れば周囲に発散されている精気で十分だし。あとは、なんかアキラの近くに居るだけでも魔力が充填されている気がするよ」
「とりあえず、シルフィに飯が要らないことが分かった。じゃあ、切った肉を枝に刺して焚火の周りに刺しておくか。焼ける間に、少し離れた場所にさっきの植物を操る魔法を使って今日の寝床を作ってくれないか?」
「いいよー。確かに、水辺のすぐ近くは魔物が寄ってくる可能性があるから離れた方が良いよね」
シルフィに聞いたところ、魔物自体はそこまで頻繁に会う事は無いという事だった。魔物にも縄張りがあり、この辺はキラーディアの縄張りだからゴブリンに遭う事は無いだろうと。逆に、キラーディアに遭う確率があるんだが。
シルフィの植物を操る能力は、俺が思っているよりも便利だった。さっきの蔓でかまくら程度の物を作ってもらおうと思っていたんだが、シルフィが大きめの木に手を向けると、根元が別れて空洞が出来上がった。すごい。すでに生えている植物にも干渉できるのか。
「シルフィって、思ったよりもすごい精霊なんだな」
「精霊なんだから、当たり前だよ。自分が司っている物は全て、自分の支配下にあるんだから。ただ、力を使うにはそれなりに魔力を使うから、何でも無限にってわけにはいかないけどね。これくらいなら朝飯前だよ。僕は朝飯は食べないんだけどね」
「そもそも今は夕飯だろ。っと、それよりも中は過ごしやすそうだな。木の中だから、ジメっとしてるのかと思った」
木の中は、まるでログハウスの様な感じで気持ちの休まるような空間になっていた。広さは四畳ほどだが、寝るには十分な広さだ。床は平らだし、何なら水を入れておく桶みたいな物まで作ってくれている。
「ついでに、柔らかい木の葉を敷き詰めてあげるよ。僕がよく寝っ転がる時に使ってるんだー」
「精霊も寝るのか?」
「寝る必要は無いけど、やることが無い時は目をつぶって横になったりするよ。あっ、すごい。出来るとは思ったけど、僕、アキラの頭の上に座れるよ!」
「頭の上に座るなよ。それに、何がすごいんだ?」
「だって僕、物に触れる事が出来ないんだよ? だけど、エーテルには触れる事が出来るから、こうやってエーテルに包まれてるアキラには触れる事が出来る。僕にとって、これは珍しいことなんだよ」
普段のシルフィは、常に浮いていなければならないらしい。でないと、地面の中をずっと透過して沈んでいく事になる。重力は精霊にも影響するらしい。だから、力を全く使わずに座れる場所があるのは初めてみたいだな。
「それじゃあ、エーテルを薄くのばしてシルフィの寝る場所も作ってやるよ。ちぎる事は出来ないから、俺が近くに居る時だけしか作ってやれないけど」
「僕が寝っ転がる場所は、アキラの体の上でもいいんだよ?」
「寝返りで潰しそうで怖いわ」
「あははっ、地面に潰されることは無いから平気だと思うけどね。仮にエーテルに挟まれても、僕の体が少し伸びるだけで潰れることは無いよ?」
ソフビの人形みたいなものか? でも、さっきシルフィを掴んだ時の感触は、人間とほとんど変わらないくらい柔らかかったから、そう言われても潰すのが怖い。内臓は無いんだろうけど、イメージ的に怖いわ。
「そろそろ肉も焼けただろうし、もう一度水も汲んでくるか」
俺とシルフィは、再び池のあった場所まで戻り、キラーディアを食べる。魔物の肉だからか、生臭くはなく、味付けをしていなくても食べられる。シルフィに薬味みたいなものが出せないか聞いてみたところ、サンショウとかコショウみたいな植物系の調味料が出せることが判明した。シルフィ、まじ有能すぎるだろ。