ゴブリン喰らい5
「この目の前の水たまりはヤバそうだな。洞窟を出るなら反対側からでるしかないか」
俺は後ろに振り向いて確認する。後ろは、壁になっている様で出口は無かった。ただ、上の方まで壁は続いており、一番上は精霊視であっても暗くて見えない。
「ここを登らないといけないのか?」
「僕は飛べるから関係ないですけどねー」
「とりあえず、エーテルの手の部分をスパイク状にして上るか」
その壁に手を当てると、グニュッという感触があり、スパイクがめり込む。壁はひだ状になっていて、スパイクがひっかからず、登ることが出来ない。
「なんだこれ、刺さらないぞ。もっと棘を伸ばさないとだめか」
早くここを出ないと、エーテル内の空気が無くなる。一応、ここにも空気があるが、臭いから、出来れば吸いたくない。棘を伸ばして刺すと、何かに刺さった感触があるが、まるで脂身を切ったかのようにぬるっと棘が抜ける。
「だめだ、登れないな。あの水たまりを進むしか無いのか・・・」
「がんばれアキラ―、きっとどこかに出口はあるはずだー」
「くそっ、他人事の様に。お前だって閉じ込められ・・・あれ? シルフィはどっから入ったんだ?」
「僕はどこでも通過できますからねー。まあ、アキラの体や魔力の塊には通り抜けることは無理ですけどー」
「ああ、だから常に飛んでるんだったか。まあいい、水たまりの向こう側を調べよう」
俺は慎重に水たまりの中に入る。よく見ると、色々なものがどろりと溶けているので、エーテルを解いたら危険だな。奥へ行くほど深くなっている様だが、俺は空気を含めてエーテルで覆われているため沈むことは無い。逆に言えば、潜る事も出来ないが。
「水たまりの向こう側も壁か・・・。壁を斜め上に掘りながら進めば上に出れるかな?」
俺はエーテルをドリルの様に使って壁を破壊してみる。しかし、ぐちゃぐちゃの壁は粘土の様に張り付いてうまく掘れない。
「ダメか。あと調べてないのは水の中だけなんだが、俺は潜れないし。シルフィ、調べてもらえないか?」
「まあ、いいですけどー。調べたところで潜れないなら意味無いんじゃないですかー?」
「その時は、空気を抜いてでも潜って見せるさ」
シルフィは、めんどくさそうに水の中に入る。しばらくして、戻ってきた。
「下の方へ抜けたら、水の無い空間に繋がっていましたよー。ですけど、その前に壁があったのでアキラが通るのは無理そうですねー」
「そうなのか・・・。じゃあ、一旦さっきの場所へ戻るか」
水の上にずっと浮いているのも気持ちが悪いので、さっきの陸の方へと戻る。
「なんとかして登れないか・・・。そうだ! シルフィ、上の方まで蔓を伸ばしてくれ」
「上にひっかかる場所が無いから、伸ばしたとしても登れないと思いますが、いいんですかー?」
「それじゃだめだな。じゃあ、登れるような木を生やすとかは?」
「それならできますよー。えいっ」
シルフィが手を振ると、地面から木が生え、あっという間に大木に成長する。木の幹なら、スパイクを刺しながら登れるはずだ。そう思った瞬間、地面が揺れ始めた。
「なっ、なんだ? げっ、揺れで水たまりが!」
津波の様に水たまりの水が俺の方へ押し寄せてくる。俺はその水に飲みこまれ、ぐるぐると体が回転して気持ち悪い。だが、すぐに浮遊感を感じ、地面へ叩きつけられる。
「ぐぇっ、一体何が起きたんだ?」
目を開けると、あたりは森に戻っていた。それに、明るい。ただ、まわりは黄色い水たまりとゴブリンの死体やらなんやら色々と散らばっていて汚い。
「アキラー、うしろ、うしろー」
「うしろ?」
シルフィに言われるまま、後ろを見ると、そこには壁が・・・いや、巨大な魔物が居た。上のほうまで見上げると、巨大なミミズに見える。ミミズは、少しぷるぷると震えた後、一瞬で地面の中へと潜っていった。
「・・・なあ、シルフィ。俺ってもしかしてあいつに食われてたのか?」
「そうみたいですねー。僕は、地面に潜っただけだから、まさか魔物の中だとは気が付きませんでしたねー」
「ははっ、助かったのか・・・」
俺はひきつった顔で笑うしか無かった。しばらく腰を抜かしていると、呼吸が苦しくなる。そういえば、エーテルの呼吸穴を塞いだままだったな。俺はすぐに穴を開ける。
「おえっ、くせぇ! なんだ、この臭いは!」
「今更何を言ってるんですかー? ずっとこの臭いのままですよー。僕には呼吸が必要無いので、すでにシャットアウトしてますけどー」
俺はすぐに穴を閉じる。臭いにおいが入ってしまったが、空気も補充できたので、新たな臭いはもう入れない。
「とりあえず、ルゥナの所へ戻ろう。ここに居たく無いからな」
「じゃあ、案内するねー」
シルフィは、ルゥナの所へと案内してくれる。シルフィが居なかったら、どっちへ向かえばいいか分からないから助かる。場所はそんなに遠くなかったので、すぐに戻る事が出来た。そして、そこにはすでにルゥナが居た。
「アキラ、どこへ行っていたの? アシッドスライムが移動したのかしら?」
「いや、聞いてくれよ」
俺は、アシッドスライムがゴブリンに殺された事。そして、そのゴブリンが消えた事。さらに、俺がミミズに食われていた事などを話した。
「その場所へ連れてってくれないかしら? アキラの話だと、その魔物の見た目はサンドワームに似ていると思うの。けれど、砂じゃないこの場所にサンドワームなんて居るわけ無いし」
「いいけど、あそこはめっちゃ臭いぞ。俺は取り合えず、ここの空気を溜めておくが」
「平気よ。連れていって」
俺はエーテルを大きくして辺りの空気を補充する。そして、穴に蓋をして臭いが入らないようにする。ルゥナを、問題の場所へと連れていく。一応、再び魔物が出るかもしれないから警戒しながらな。
「この臭いは、魔物の胃液ね」
「これが全部、サンドワームの胃液なのか。どおりで、ゴブリンやらなにやら溶けてたわけだ。ルゥナは臭い、大丈夫なのか?」
俺としては、つられて吐きそうになる臭いだから吸いたくはないが、ルゥナは平気そうに見える。
「このくらい、大丈夫よ。人間を拷問するとね、もっとひどい臭いになるわよ? 失禁や脱糞、血の臭いが胃液と混じるから」
「・・・それは聞きたくなかった」
ルゥナは、これよりももっとひどい臭いに慣れているだけってことか。まあ、この場合は頼りになるってことでいいか。
「それに、胃液の臭いだけじゃ無くて、ゴブリンが好む臭いも含まれているわね。恐らく、この臭いをたどってゴブリンが集まるようになっていたんでしょうね。そして、ゴブリンが来たら捕食していたと。これは、ゴブリン喰いの正体が分かったかもしれないわね」
「あいつが、ゴブリン喰いだったってことか。でも、サンドワームは砂の中を移動する魔物なんだろ? ここは、硬い地面だぞ?」
「恐らく、突然変異か何かでしょうね。地面が土魔法で泥の様に変化させてあるわ。これで、地面の中を移動している様ね。アシッドスライムの代わりに、この胃液とゴブリンの死体を回収して報告に行きましょう」
ルゥナは、アシッドスライムの体液を入れる予定だった容器にサンドワーム変異種の胃液を入れる。そして、直視するのもはばかれるゴブリンの死体やら何やらをストレージに収納していく。俺には、絶対無理な仕事だな。シルフィは、興味なさげにルゥナのやってる事を見ているだけだ。
「じゃあ、報告しに戻りましょう。討伐の話は隊長たちに判断を任せることになるけれど、私達の目的はゴブリン喰いの調査だから、これで目的達成よ」
俺達は、ギルドへと報告に戻るのだった。




