ルゥナの冒険者登録4
「シルフィ。怪我、大丈夫か?」
「あっ、ありがとアキラ。これくらいなら大丈夫ですよー。怪我をしたのは初めてですけど、治し方は分かりますからー」
シルフィはそう言うと、両手を広げて掲げる。怪我も心配だが、あの変貌ぶりも心配だ。あんな感じで街中でキレられたら人死にが出そうだ。まあ、シルフィ・・・というか、精霊を傷つけられる奴はほぼ居ないと思うが。まず、普通の人には視えないし、触れることもできない。街中で何も無い空間に魔法をぶっ放す奴が居るならそいつの方がヤバイだろ。
「森のみんな、僕にちょっとだけ精気を分けて」
辺りの木々や草花から小さな光の粒が飛んでシルフィの怪我した場所に集まる。光が収まると、すでにシルフィの怪我は、どこが怪我していたのか分からないほど完璧に治っていた。ちなみに、流れ出ていたのは血ではなく、魔力なんだそうだ。
「精霊は魔力の塊なんですからー、これくらい魔力さえあればすぐ治りますよー」
「・・・その割には、ずいぶんとキレていたようだけど」
「ん? 何か言った? アキラ」
「いや、何にも」
もう一回キレられても困るので黙る。その代わり、ルゥナの方を見る。すでにシルフィにもルゥナにもエーテルで囲ってはいない。
「ルゥナは何してるんだ?」
「これを見て、アキラ」
ルゥナの手には、キラーマンティスの腕の刃のかけらがあった。ルゥナが持つとそれなりの大きさに見えるが、俺にとっては爪切りで切った爪みたいな大きさだな。
「キラーマンティスの刃の欠片か? これがどうしたんだ?」
じっくりと見るが、刃の欠片にしか見えない。光を反射して、虹色に輝いている気がするが、それだけだ。ん? 虹色に光るってどこかで聞いたことがあるような?
「どうしてシルフィにキラーマンティスの攻撃が通じたのか気になったのよ。そして、その理由がミスリルコーティングだったってわけね」
「ミスリルコーディング? つまり、あの魔物の腕の刃がミスリルで覆われてたって事か?」
「そうよ。さすがに腕を全部ミスリルで作ったら、どれほどお金がかかるか分からないわね。だからコーディングだったのでしょうけど、その代わり耐久度が低かったようね。まあ、たったこれだけのコーディングでも金貨数十枚はかかっているでしょうけど」
「へぇ、これがミスリルか」
勿体ないので、落ちている刃の欠片を集める。これだけでも綺麗だからな。ただ、キラーマンティスの死体をあの樹木から掘り起こしてまで集めようとは思わないが。と、俺は思っていたのだが。
「シルフィ、あの樹木を消せない? キラーマンティスの死体を回収したいの」
「できるよー。えいっ」
シルフィが両腕をバッと横に広げると、樹木がパカッと開く。そこには、車に轢かれた猫のようなぐちゃぐちゃの死体が残っている。
「おえっ、やるなら先に言ってくれよ!」
「冒険者なら、これくらいの死体には慣れた方がいいわよ? 剣で斬って相手の内蔵が零れるたびに吐き気を覚えていたら戦えないわよ?」
ルゥナの言う事は冒険者にとってはもっともなのだろうが、日本人の俺にはキツいわ。
「それにしても、シルフィも戦えるならそう言ってくれよ。今まで手加減していたのか?」
「僕が本気を出す理由ってありましたかー? 僕は、別にアキラと契約している訳じゃないですよ?」
「そりゃそうだけど・・・。リンドールさんの時も怒ってなかったか?」
「それは、多少イラっとはしましたけどー、本気で殺すわけ無いじゃないですかー。彼の精霊も見ているんだから、どうせ邪魔が入りますよー」
「そうなのか」
「そうですよー」
シルフィなりに考えて行動した結果だったらしい。だったら、ギルドマスターに攻撃するなと言いたいけれど、確かにシルフィのツリーバインド程度ならリンドールさんもどうとでも出来たか。俺にすら効かない魔法だしな。素の状態で受けたことは無いけど。んー、ちょっと気になるな。
「シルフィ、腕のエーテルを解くから、ちょっとツリーバインドで攻撃してみてくれない?」
「えー。アキラってMなんですかー? わざわざ痛みを感じたいなんて、変態さんなんですねー」
「ち、違うわ! 今後の為にも、どの程度の威力があるのか確かめたいと思ってな」
「まあ、いいですけどー。それっ」
シルフィが手を振ると、地面からツリーバインドが生えてくる。やっぱり、分かっていたら簡単に躱せそうだが今回は威力を確かめるためだから腕に絡まるのを待つ。
「ん? 思ったより痛くな・・・あ、痛い、いたたたたっ!」
最初は健康診断で心拍数を測る機械くらいの締め付けだと思ったが、徐々に痛くなり、不良達のいじめで本気で腕を雑巾絞りの様にひねられたくらいの痛みになった。
「もう少し威力を上げられますけど、どうしますー?」
「ストップ! シルフィ、ストップだ! 痛い、痛すぎる!」
「はいはーい」
シルフィがパチンッと指を鳴らすと、ツリーバインドが消滅する。これ、リンドールさんはマジで苦しんでいたんじゃないか? 腕だからまだいいけど、これが首とかだったら恐らく窒息して死ねる。大したことないと思っていたが、やはり魔法は魔法か。本当に、寝ているやつに使えば簡単に殺す事が出来そうだ。
「馬鹿ね、アキラ。痛くない攻撃なんて無いでしょうに」
「分かってたなら、やる前に止めてくれよ・・・」
「身をもって知った方が、記憶に残るでしょ」
ルゥナの言う事にも一理あるので、反論せずに黙る。というか、やれと言ったのは俺だから文句を言うのは筋違いだろう。ルゥナは、キラーマンティスの死体を調べ終わったのか、ストレージに仕舞いこんだ。
「このミスリルで、私のクナイもコーディングして貰いましょうかしら。けど、光に反射して光るのは目立つかな? うーん、とりあえず保留にしよう」
「とりあえず、これで薬草採取の常設依頼も、魔物を狩るという常設依頼もクリアだな。これでルゥナも俺と同じEランクになるってことでいいのか?」
「そうね。アキラと同じランクの方がパーティとして活動するには都合がいいもの。けれど、まだ護衛依頼は受けないわよ? ランクを早く上げる理由は今のところ無いもの。新人が高速ランク上げ何て目立つ事するのは、目立ちたくない私からしたら真逆の事だし」
「そうか。まあ、俺も別に冒険者ランクにこだわり何てないからな」
別に、成り上がりを目指しているわけでもなく、平和に過ごせるならそれが一番だと思っている。ただ、すでに厄介ごとに巻き込まれているんだがな。
「じゃあ、さっさとクエストの報告をして、アキラの奴隷契約を解除してあの街を出ましょう」
「そういえば、奴隷契約を解除するには主の許可が要るって司祭さんが言っていなかったか?」
「あんなの口上だけよ。そもそも、奴隷を使うような主が奴隷契約を解除するなんてことほとんど無いわよ。やるとしても、別に手に入った奴隷に奴隷の魔道具を移し替えたいとか、そのくらいね。まあ、そういう場合は奴隷商人なら9割方殺して取り上げるだろうけど。死ねば奴隷契約は解除されるのだから」
「なるほど。つまり、許可があるって言っておけばいいのか」
「そうよ。結局、教会が勝手に奴隷契約を解除したって言われたくないだけの保身的なだけだもの」
それなら、俺の奴隷契約も解除できそうだ。